「ことは・・・うまくいかなかったか」
「はい、残念ながら。ラムダは相当の実力を持ち合わせています」
黒いマントを羽織った男に一人の男がひざまずいている。
「これでもうお前自らが手を下せるチャンスは当分の間無いぞ。このまま時間が過ぎれば
奴はもっと成長するだろう。残念ながらこの件は他の者に委託することにする」
「なっ！？閣下、あいつだけは我が手で、我が手で！」
黒マントの男は彼の願いに首を横に振って答え、右手をさっと上げた。
すると何も内容に思われた黒い壁から一人の人間が歩み寄ってきた。
「お前に任せよう、ラムダベートを消すのだ」
「・・諾・・」
そういうと影のような男は再び壁へと消えていった。
「ヨハン、お前はもう下がれ」
「・・・っは。全てはガゼル閣下の思いのままに」
この年ハイデッカー学院２１校を卒業したのは１９８人（うち２３人はすでに死亡）、
そのうちＵＥに入ったものは１７２人だった。何人かは情報局や教育局に入ったが、
入隊者のほとんどは歩兵科に就役した。中でもレオナードは・・・
「レオナード・レルラーくん、ＵＥ第００ＡＣ連隊への編入を進めるがどうかね？」
「謹んで拝命させていただきます」
レオナードが編入されたＡＣ連隊は３６５あるＡＣ連隊の中でもエリート中のエリートが
配属される、通称"セインツ"メンバーは１０名余で、全宇宙のハイデッカー学院のトップ、
または特別にスカウトされた猛者達の集う場所である。レオナードは卒業試験での件もあって
上級職には就けないと予想されていたが、見事にその予想を裏切ってＵＥパイロットの頂点を
射止めてしまったのだ。
そのころラムダの元にも配属先のメールが届いていた。
『ラムダベート・カイハイセン 配属先：第９８ＡＣ連隊 カルナック星』
「おい、マジかよ！？ カルナック星！？」
９８連隊はカルナック星という銀河系でも辺境の星に配属されているＡＣ部隊で、
ＵＥ本部からはワープを繰り返しても二週間はかかる。
「あ〜、なんでこんなところに・・・せっかく中央で働けると思ったのになぁ。
パッタはどうだったんだ？」
「僕ですか、僕はパイロットじゃなくて、教育局に入りました。
あの悲惨な試験をなくすためにも誰か経験者が入らなければだめと思って・・・」
「そうか・・・会えなくなるな」
パッタは教育局で働くということは、ＵＥ本部のあるハイランド・コロニーで
働くということである。ハイランドからカルナックまでは何千光年あるだろうかといった話だ。
光通信システムぐらいしか連絡の手段はないだろう。
「また会おうな、パッタ」
「ラムダさんもカルナック星で名をはせてくださいよ」
そして卒業者達は思い思いの方法で別れを惜しみ、職場へと旅立っていった。
ラムダもパッタと別れを惜しみ、シャトルへと乗り込もうとしていた。
「結局レオナードとは話せなかったか・・・仕方ないか」
"カルナック星行き０７２便 間もなく発進いたします。発進後第一回ワープを終えるまで、
エアベルトをおはずしにならないようお願い申し上げます"
「いままでありがとう、ハイデッカー学院」
シャトルはワープを繰り返し、二週間ほどでカルナック星に到着する。
そして二週間があっという間に流れた。シャトルからタラップが降り、
ラムダ一人が土の上に降り立った。ラムダとしても、久々の土である。
正確には卒業試験地球で地球に降り立ったとき以来の自然の土であった。
「こ・・ここがカルナック星か」
ラムダの見た光景は・・・それは地球となんら変わりない、
緑一つ見えない死の星のようだった。
「カルナック星は核で焼き払われた訳じゃないよなぁ」
ラムダがタラップから降り終えると、間髪いれずにシャトルは飛び立っていった。
よほどカルナック星に居たくなかったらしい。
「超危険区域としてＳクラスに認定されている星だっけか。
とりあえず迎えがいるはずだが・・・」
ラムダは辺りを見渡してみるが、人っ子一人はおろか、建物もない。
管制塔らしきものさえないのだ。いくら科学の進歩した世紀とはいえ、
非常用として人力のシステムは存在するはずだ。それさえないように見える。
「とりあえず歩こう」
ラムダはとりあえず歩き始めた。道路に沿って２時間ほど歩きつづけたが、
何にも出会わなかった。本当にこの星に人間が、
いや生命が存在しているのかが疑わしくないくらい何もなかった。
そしてラムダが歩き始めて３時間くらいたっただろうか、状況は急変した。
「な、なんだ！！！？？？」
いきなりものすごい風がラムダの頭上を駆け抜けていったかと思うと、
そのすぐ後に爆音が鳴り響いた。辺り一面に砂煙がたちこもって、
視界は一気に０となってしまった。
「ゴホッ！ゴホッ！なんなんだよ、いったい？」
と言いつつも、ラムダはすかさず鞄の中から"視界良化ゴーグル"をとりだした。
これはどんな霧でも砂埃の中でも良好な視界を楽しむことができるというレジャー用品である。
オートで微調整がなされると、ラムダの視界に飛び込んできたのは予想通りＡＣの姿であった。
「あれは・・・ゴリアテか」
ＵＥ−Ｍ−０２通称ゴリアテはＵＥが開発した標準ＡＣのことである。
現在の主流はＭ−０３で、Ｍ−０２はすでに旧式のＡＣだった。
「けっこう改造されてるみたいだな・・・・・・んん！？ここに着陸する気か！？」
ラムダは横に飛びのき、全力で走った。後ろから突風が押し寄せる。
「のぁぁぁぁぁ！！！！！！！！！！」
ラムダはゴリアテから吹き出された風で５Ｍほど吹き飛ばされると、
ゆっくりと立ち上がって叫び散らした。
「馬鹿やろぉ！ちゃんとレーダーをみやがれ！」
ラムダの怒りをよそに、ゴリアテのコクピットハッチが開き、
軽い足取りで一人の男が降り立った。
「いやぁ〜ごめんなさい〜。普段レーダーなんか見ないから、つい」
「・・・・あんたが出迎え人か？」
ラムダは怒りを堪忍袋に押し込め、とりあえず現実に対処した。
「おっと、申し送れました。私は連合企業軍大尉第９８ＡＣ連隊副長リューネ・シャルロです。
ラムダベート・カイハイセン少尉ですね？」
ラムダは女みたいな名前だなと思ったが、それは頭の片隅に残すだけで、聞きはしなかった。
「これは失礼しました。カルナック星第９８ＡＣ連隊に配属されることになりました
ラムダベート・カイハイセン少尉です。ラムダで結構です」
「それではラムダ少尉、参りましょうか。基地へ」
ラムダはさっきのゴーグルをリュックにしまうと、リューネの後に続いて
ゴリアテに乗り込んだ。
「風の噂ではこちらの連隊長さんはかなりの腕だとか」
リューネはゴリアテの飛行管制を立ち上げながら、ブーストを噴射した。
「連隊長ですか・・・え〜と、それは」
不意か有意か急激なＧが二人を襲う。ラムダは急造されたらしい後部座席で話の続きを求めた。
「こちらの連隊長殿、トレント・カルナック大佐でしたか、この星の出身と聞いていますが」
「・・・まずここの仕組みから説明しなければいけませんね」
二人を乗せたゴリアテはある程度の上空まであがると、自動操縦に切り替えられ、
一路基地へと向かった。
カルナック星。辺境のこの地には現在３つの勢力が存在する。一つはＵＥ軍だが、
ここの部隊は他とは少々と違うのだ。まず連隊長トレント・カルナック大佐は現在行方不明、
士官は副長のリューネ他数名のみ。正規軍として本部からやってきた１２８名のうち９２名は
すでに戦死または暗殺やらの謎の死を遂げてしまっている。そして残りの３６名中１５名は
逃亡、現在第９８ＡＣ連隊に残っているのはわずか２１名なのである。
ちなみにトレントは行方不明ということになっているが、逃げ出したという説が有力である。
そしてカルナック星で現在最有力を誇っているのが"カルナックブラザーズ"だ。
文字通りカルナック星に早くに移り住んだ人間達が主な構成員で、
その数は１２８５名にもなる（と言っても非戦闘員も多く含まれる）。ＡＣは５４機、
ほとんどがＵＥ製のものである。もうおわかりだろうが、９８連隊から奪ったものだ。
また三つめの勢力、いや勢力といえるのかはわからないが、連合企業軍総司令部直轄の
謎の部隊が数年前から居座っている。リューネ達は上から何も聞かされていないが、
リューネ本人も何度かＵＥ制服を着た隊員ではないＵＥ関係者を目撃している。
しかしその本拠地もどこにあるか不明で、すべてが謎に包まれた組織である。
「・・・っていう風な具合にカルナック星は荒れています。
トレント大佐は一週間前にブラザーズの本拠地を叩いた時、行方不明になったんです」
リューネは一枚の写真を取り出した。
「これが士官達の写真です。トレント大佐は・・・」
そこにはカルナック星に配属になった第９８連隊の士官達が写っていた。
そこに写るトレント大佐は優しそうな表情で、まるで逃げ出すような人物には
見えなかった。
「・・・それで本拠地襲撃はうまくいったのですか？」
「いえ、失敗しました。情報が漏れてたようで、見事に待ち伏せに合いましてね」
ラムダはいろいろな疑問を頭に持っていたが、それがあまりに多すぎて、
落ち着いてから考えることにした。
「あなたは相当優秀な方だと聞いています。期待していますよ」
リューネは再び操縦桿を握ると、オートパイロットを解除して一気に下降に入る。
「こちらリューネ大尉。コードＤＱ−３１１６７８」
リューネが通信を送ると、森の一部分が動き出した。第９８連隊が配属されたとき、
立派な基地が立てられたが、すぐに占領され、地下に新たな基地を作ってブラザーズと
戦っている。ゴリアテは逆噴射を繰り返しながらゆっくりと着地した。
それと同時に再び森が動き出し、再び地上には静けさが戻る。
「先に下りてください」
リューネは先にラムダを下に降ろすと、自機を格納庫の定位置へと戻し、
エレベータで下に下りる。
「とりあえずＡＣを紹介しましょう」
ラムダにはこれからやることが山ほどあるのだ。何からしたいと言われても
困ってしまうほどである。愛機となるＡＣも見たいし、
同じ士官達に挨拶もしなければならないし、現在の戦闘情勢も知りたい。
それにまず自分がこの基地で何をすればよいのかもわからない。
「あなたの愛機はあれになります」
ラムダはリューネが指差す方向、真後ろに振り返った。
「こっ・・・これは・・・！！！」
ラムダがカルナック星に到着してから丸一日後、
一機のステルス付大気圏突入ポッドがカルナック星の地面に突撃した。
「冷凍睡眠解除シマス イッテラッシャイマセ」
「・・・・・・・・命令・・・絶対行使」