カチャカチャとタイプする音がラムダの部屋から聞こえる。
『・・・と、まぁここはひどい環境だよ、パッタ。まだ三食付いてるだけマシなほうかも
しれないけどね。でもここ一ヶ月でかなり慣れはしたよ。特に新しいＡＣにはね。
そっちはどうなんだい？教育局の方は。またメールくれよ』
ラムダが送信タブを押すと、光メールははるかかなたにいるパッタの元へと送られた。
「さて、報告書まとめるか」
ラムダが椅子から立ち上がろうとしたとき、いきなり基地全体に振動が伝わった。
激しいゆれで天井からパラパラと欠片が落ちてくる。
「な、なんだ！？・・・いや、もうお決まりのパターンか」
ほどなくして基地中に戦闘配置の命令が下った。
「敵襲！総員戦闘配置！」
リューネは自らが放送し、コンピューターに要塞砲のオート攻撃を任せると、
自分は他のＡＣパイロットとともにＡＣ内で待機した。２１名しか残ってないＡＣパイロット、
もはやこれ以上損失するわけにはいかないのだ。よってＡＣ出撃は敵が基地内部に
侵入したときのみで、他はすべて要塞の砲塔に任せられている。
「敵戦力は！？」
部屋からＡＣ格納庫へ走ってきたラムダはすぐに自機へ乗り込み、通信を交わした。
「ＡＣが８機確認されています」
「・・・完全になめられてますね」
ときおりズドンズドンという音が鳴り響く中、ラムダはリューネに出撃許可を求めた。
「そろそろ実戦をさせてくださいませんか？もう十分こいつの性能は分かりました。
なぁに、脅かすだけですよ」
リューネはしばらく考えて、こう言った。
「そうですね。ちょうどいいでしょう。くれぐれもシールドを忘れないで下さいよ」
「了解！」
ラムダはいきいきとした返事をし、システムを立ち上げた。
「ＦＣＳキドウシマシタ コンニチワ ラムダショウイ」
「おっと挨拶してる暇ないぜ、南の隠し扉から出る！」
ラムダは狭いハンガーの中で機体を反転させ、扉の開閉を要求する。
「２番ハッチ開けてくれ！」
ＡＣ格納庫の扉がゆっくりと開く。すでに外は砲弾の飛び交う戦場となっていた。
固定砲台ＶＳアーマード・コアとは随分と部が悪いものだ。
「よし、デビュー戦だ！・・・５分だけだけど！」
ラムダは飛び交う砲弾の空めがけていっきに飛び上がった。
ここで初お披露目なったＡＣ"ＵＥ−Ｍ−０４ 通称ゲルニカ"が一気に戦場に踊り出た。
「あいつら巣から出てくるなんて珍しいじゃねえか。野郎ども、やっちまえ！」
ブラザーズのゴリアテは一斉射撃で上空のラムダを狙った。ラムダは回避しようとはせず、
ゲルニカ搭載６つの特殊機能のうち、右手に付いている重力シールドをEnableにすることで
これを解決する。
「前方にシールド３０％で展開する」
一瞬にしてゲルニカの前方の重力が変化し、ゴリアテの放った弾丸はすべて速度を
かき消されてしまった。――重力シールド、最近開発された対実弾兵器用防御策の一つで、
発生装置から半径５００以内の重力を一瞬だけ微調整することができる。
大体は実弾兵器防御策に使われるのだが、使い方によっては、レーザー兵器の軌道を
変えることもできる。
「あいつ！？重力シールドなんて持ってやがる！？」
ブラザーズＡＣが武器の装弾種をレーザーにチェンジして再び攻撃しようとしたが、
ラムダは一気に下降、地面すれすれで地面と平行方向にダッシュして、ブレードで一機の
ゴリアテの頭を吹っ飛ばした。
「メインカメラをやられた！レーダー・・・レーダーに移りやがれねぇぞ！ステルスか！」
ラムダはステルスをEnable、さらに光学迷彩をEnableにしてブラザーズを撹乱する。
その間要塞砲は確実にブラザーズＡＣを捕らえて、狙い撃ちする。
ラムダが３機のＡＣを屠ったところで基地からが通信を入った。
「それくらいでいいでしょう。帰還してください」
「４分３０秒か、了解、帰還する」
ラムダは、そのまま素早く２番ハッチから基地内へと帰還した。わずか５分でもブラザーズに
与えたショックは十分で、すごすごと撤退していった。
ＵＥ−Ｍ−０４Ｔ・・・ＵＥの開発した標準ＡＣの最新型。現行のＭ−０３の能力を底上げし、
かつ６つの特殊機能（レーダーステルス、光学迷彩、重力シールド、他３つ）を装備させた。
Ｔはテストタイプであり、これから予想されるＭ−０４の標準装備には特殊機能が付く予定は
ない。また機動力を限界まで引き上げるテストも兼ねているため、
機動可能時間はわずか５分と限られている。武装は標準で１２０ｍｍ口径マシンガン
（実弾、レーザーチェンジャー付き）、レーザーブレード"フェンリル"（射撃可）、
１６連装遠距離ミサイル（１弾頭あたり拡散して１６個の小型ミサイルになる）、
リミットブースターといったところである。この機体はリューネが幾度となく救援要請を
本部に送ってそのレスポンスで送られてきたもので、"用はこいつでなんとかやってくれ"
ということであった。
「勝利！」
「ラムダ小隊が北通信施設の奪回に成功しました！」
「リューネ小隊、ソルホン発電所を占拠した！」
ラムダのもたらした勝ち星は一気に第９８連隊に活気を取り戻させた。
その後９８連隊は各地で善戦を繰り返し、勝ち星を増やしていった。
その目まぐるしい状況の変化に、しょせん寄せ集めに過ぎないブラザーズは到底ついて
いけなかった。そんなこんなでラムダが来るまでは１割５分ほどだった平均個人勝率も、
今となっては４割まで持ち直した。またブラザーズが占拠していた１３の施設の内、
１０個の施設の奪還に成功した。いままで各地に隠れていたＡＣパイロット達もこの状況の中
軍に戻り（リューネが大々的に帰還兵には罰を与えることはないと報道したことがきっかけと
なった。また帰還兵のことを良く思わない兵士達も少なからず存在したが、
ラムダとリューネによって説得を繰り返され、再び仲を取り戻すことができていた）、
ＡＣパイロットの人数は４０人にも盛り返していた。
「ラムダさんのおかげです。カルナック星に平穏が取り戻されつつあります。
本当にありがとうございました」
すでに９８連隊の本部はもとの基地に戻され、機能も復旧していた。
「いや、何、俺も強くなれました。こんないい機体を操縦させてもらって、
感謝するのはこっちの方ですよ。んで・・・あるんでしょ？次の指令」
ラムダはリューネが指令を持ってくるときの空気を察知し、先回りをしてみた。
「はい、休む暇もなくてすいません。カルナック星の治安はだいぶとりもどされました。
兵士達も戻ってきました。しかし肝心のトレント大佐の救出がまだです」
実際兵士達は彼のことを忘れかけていた。ラムダの絶対的カリスマ性に圧倒され、
逃げ出したトレントのことを気にかけるものなどリューネくらいのものだったのだ。
「トレント隊長・・・・・・わかりました。助け出しましょう」
ラムダは不快感を覚えながらも、リューネに従った。またリューネはその不快感を
感じ取っていた。リューネとトレントには上司部下以外の関係があるようだ。
「大佐が最後に目撃されたのがここ、この施設です」
リューネは地図上の黒い四角で塗りつぶされた個所を指差して言った。
「ここはどうやらＵＥの施設の一つらしいのです。この前にもこの星に謎のＵＥ部隊が
存在することは話しましたが、この施設が関係しているらしくて・・・。
実際何度か諜報員を送り込んだのですが、全員戻ってきませんでした」
「なるほど・・・大佐は巻き込まれえた可能性があると？」
「・・・その可能性も無いとは言い切れません」
「各員、配置はいいか」
久々に見せるリューネの厳しい表情、今回のトレント大佐救出作戦はリューネ自らが
指揮をとっている。これは私的なことだけではなく、ラムダのＡＣがわずか５分しか起動
できないところが大きい。さすがに５分しか起動しないＡＣが指揮をとるわけにもいかないし、
もともとラムダは指揮官タイプの人間ではない。
「いつでもいけます」
「・・・よし、行動開始」
草木も眠る、といっても草木はないわけだが、真夜中に作戦は実行された。
ＡＣを１０機動員し、施設への進撃が始まる。施設周辺は驚くほど静かで、
特に問題もなく施設を見渡すことができる高台まで到着することができた。
「ナイトビジョン オン、警備体制はどうか」
「ＡＣカクニンチュウ・・・０キデス」
施設は建物が少し建っているだけで、その大部分は地下にあるようだった。幸
いにもＡＣ用と思われる出入り口が存在し、そこから侵入することが決定した。
ここに来るまで作戦は何も決まってなかったに等しい。と言うのも、衛星写真にはなぜか
何も写らず、周りを崖で囲まれているため、概観さえ掴めなかったからである。
「直轄軍なんだ。もう見つかっていると考えるのが妥当だな。しかしなぜ何も反応がない？」
ラムダは事前にパッタにこのことを話していた。中央にいるパッタなら何か情報を掴める
のではないか、しかしカルナック星に関する情報には９８連隊以外の部隊が駐留していると
いったことが何一つなかった。
「あ〜ルノリアが綺麗だなぁ・・・（あ、ルノリアってのは地球で言う月のことね）・・・
ん？・・・あ・・・あ・・・！・・・た、っ隊長！あれを見てください！」
兵士が夜の空を指差した。そこには巨大なルノリアが神々しく輝いていたが、
そこから一線の影が長くこちらに向かって伸びていることが確認できた。
「なんだ！？」
ラムダはすさまじく長い影の根源を目で追っていった・・・そして月とちょうど重なる
崖の頂上でラムダは追うことをやめた。ほんの数秒前、影を発見した兵士が見ていなかった
ものがそこにはあった。
「ＡＣ！？、いや、違う・・・あれは・・・何？」
影の正体は崖から飛び立った。飛び立ったかと思うと、何かを求めて静かに大地に
降り立った。
「各員！これは敵だ！絶対に敵だ！！」
ラムダはそう叫ぶと、すぐにＡＣを立ち上げた。ＦＣＳが瞬時に立ち上がり、
ＵＥ−Ｍ−０４Ｔは戦闘態勢に入る。
「・・・・・・００４・・・ルノリア・・・・・・」
自らをルノリアとしたそれはＡＣほどのサイズを持つ、人型の"何か"だった。
一見すると細身の美男子に見えた。
「うぉぉぉ！！！！！！！！！！！」
ラムダは相手を確認することもせず、猛ダッシュでルノリアへと突進する。
ルノリアは眉一つ動かさずに、前方にシールドらしきものを貼り出す。
「何！？」
ラ ムダは前方に張り出された緑のシールドを確認すると、本能が危険を察知したのか、
すんでのところで直角に空へと飛び上がる。
「あれは・・・重力フィールドか、超強力の」
ラムダがそんなことをしていた"あっ"という間で、兵士達は現状を理解できた。
目の前にいるものは敵である、そんなことを全員が直感で感じ取っていた。
しかしリューネは・・・
「そ・・・そんな・・・あの顔は・・・トレント・・・！！！！！！！！」
リューネの絶叫はカルナック星中の全住民を起こしかねないものであった。
「何！？こいつがトレントだって！？」
ラムダはリューネの絶叫を通信を介して聞き、恐らくは目の前にある"何か"がトレント、
少なくとも何かしら関係があることだけは理解できた。しかしそんなことを考えている暇は
ないようだった。
「ジョセフィン！左は任せる！」
ラムダは数人の部下に左サイドを任せ、右回りにルノリアに接近する。
これはリューネを守るための指示で、ラムダはリューネに何かがあったと割り切った。
「１！」
ラムダは軽く右足を前に出した。
「２！」
そして４つ目の特殊機能であるハイパーブーストをEnableにする。
ゲルニカのブースターは少し細くなり、光が集まり始める。
「３！」
そしてゲルニカは高速で前に飛び出した。ハイパーブーストはパワーステック社の開発した
最新型ブースト補助装置である。エネルギーを最大限に消費することによって驚異的な加速力を
得ることができる。その驚異的な加速力でラムダは一気にルノリアに肉薄する。
ちなみにここでラムダが使ったのはレオナード十八番のステップ３である。
「・・・・・・・・・・・・・」
ルノリアは無言の内に先ほどの重力フィールドを展開する。しかしそれよりも早くラムダはルノリアに接近した。
「同じ手二度もくうかよ！こうも近ければフィールドは貼れまい！」
ラムダはそのままダイビングキックをルノリアにかまし、ビームマシンガンを
連射、連射、連射、そして最後はブレードで一気に止めを刺そうとした。
「あっけない！！！！！！・・・・何！？」
ラムダがブレードでルノリアの胸部を突き刺そうとしたが、
ブレードはルノリアの皮膚（？）手前数センチというところでそれ以上進まなくなった。
超至近距離重力フィールド展開だ。
「・・・・・・・・・・・・・」
ルノリアの頭部に光が集まった、ラムダは咄嗟に回避を思いついたが、
ラムダが動くよりも早くルノリアの目からレーザーが発射された。それは恐ろしいほど正確に
ゲルニカのコクピット部分を狙ってきた。超至近距離にいたラムダは当然よけきれず、
かろうじて体をひねることによって直撃だけは免れたものの、胸部に穴が空いてしまうほどの
威力だった。しかしそれはラムダを狙ったものではなく、後ろにいたゴリアテ内の
ジョセフィンを正確に焼き殺していた。ジョセフィンのゴリアテは地面に崩れた。
「ノコリ ２フンデス」
あっと言う間に３分が過ぎ、ラムダはルノリアの重力フィールドに事実上閉じ込められて
しまったような状態になっていて、どうにもならなかった。ただ時間だけが過ぎていこうと
していたそのとき、部下達の静止を振り切ってリューネがゆっくりと近寄ってきた。
「トレント、トレント、トレント、トレントォォ！！！！！！！」
リューネは重力フィールドにかまうこともなくルノリアに突進していく。
ルノリアはそれに気付いてか重力フィールドを消し去る。ここでラムダが解放された。
「・・・リュー・・・ネ・・・？」
ルノリアは今までよりもいっそう優しい表情でリューネに語りかけた。
「トレント、あなたそんなところに居たのね」
リューネは自分が女性であることさえ隠さず、ルノリアに話し掛ける。
「いったい、どういうことなんだ！？」
ラムダはマシンガンを構えつつ、その状況を見ていたが、目まぐるしい状況変化に
彼の思考回路はパニくっていた。ルノリアは敵なのか、味方のなのか。
「リュー・・・ネ・・・チカ・・・ヅク・・・ナ・・・」
ルノリアは自分の手で自分の目を塞ぎながら言う。どうやらルノリアの中には二つの
人格的なものが存在するようだった。不定期にルノリアの目の光が点ったり消えたりしている。
「トレント！帰ってきて！！！！！！！！！！」
リューネは武器を捨ててコクピットハッチを開けると、地面まで十数メートルあるのに
何も考えずにルノリアに向かって飛んだ。
「危ない！！」
ラムダは咄嗟にゲルニカの右手をだした。リューネはかろうじてＭ−０４の手の上に落ち、
一命をとりとめたが、気絶した。リューネを抱えたままラムダは言った。
「あんたがトレントか、その様子じゃリューネの親族か恋人ってところか。なら敵なのか、
味方なのか、はっきりしてもらうおうか！」
すでにゲルニカの活動時間は４分を過ぎていた。
「テキ・・・ミカタ・・・ワカラ・・・ナイ・・・ォオオオオオオオオオ！！！！！！！！！！！！」
ルノリアの右手はトレントの意思に逆らってゆっくりを顔から離れていった。
そこには今までの優しい表情とは違う悪鬼のような表情が浮かんでいた。
「そういうことか」
ラムダはマシンガンの照準を合わせて引き金を引こうとしたそのとき、
ルノリアの背中から大きな翼らしきものが生え出た。ルノリアは一咆哮すると、
この世に存在するどのブーストよりも速い速度で真夜中のルノリアへと飛び立っていった。
その後調べられた謎の施設には何も有益な手がかりは残されていず、
こなごなにガラスが砕け散った大きなカプセルと、一枚のプレートだけが
落ちていただけだった。
そこには"第００４研神機関所属 月光神 ルノリア"とだけ記されていた。
ルノリア・・・謎の存在が新たに現れましたね。
見た目からすると単純なＡＣとはまったく異なるようですが・・・？
ラムダのステップ３すら防御するその力、並のＡＣじゃ歯が立ちそうに
ありませんが、どうするんでしょう・・・？
しかも、リューネを認識することからしても、自動機械とは違うようですし・・・？
今後の展開が楽しみですね。