裏第０９話「想いと考えの交差点」

ＮＥＲＶ本部
技術部 第九課
別称「特殊技術創作課」
自称「Ｑ」
通称「ヲタク課」

しゅんしゅんしゅん。。

ドイツからの遠路を大掛かりな戦闘を挟んで到着したエヴァンゲリオン二号機。
その体は大掛かりな損傷を受けていないものの、細部に渡る細やかな金属疲労、
装甲変形、至近距離爆発に因る破片埋没などの修理を必要としていた。

赤木技術部長曰、「筋肉痛みたいな物よ」だそうで、エヴァサイズの湿布でもあれば使う所だ。

とぽぽぽぽ。。

ジェット・アロンもまた搬入をされたが、エヴァとの根本的な違いから技術班を悩ませていた。
最も、人造人間のメンテナンスに馴れた技術班が正常は疑問だが。。
短期間の内に導入された他組織の装備は完全整備するまでに技術交流も不可欠であり、
次の使徒が現れるまでに終わらせる必要があった。
鬼のいぬまの洗濯とでも言うのだろうか、猫の手でも借りたい忙しさだった。

その上にエヴァの新装備の製作と開発は絶え間無く行われていた。
まるで人気漫画家の様にＮＥＲＶ技術部はへこたれる暇も無く必死に働く。

しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ。。

普段は暇な技術部第九課も引っ張り出され、大きな仕事をしている所であった。
その製作依頼は「多薬室機関砲」である。

普通の機関砲は銃の後方で火薬を爆発させてその力で弾丸を砲口へ撃ち出す。
しかし、文字通り爆発的加速の瞬間の後、弾丸は減速するだけ。
火薬の爆発を大きくしても物理的な限界にたどり着き、
問題は如何に減速を減らすかになる。
しかし多薬室機関砲は通常の機関砲と違い、弾丸が何度も加速する。
多段式ロケットと考えてもらえれば宜しい。
加速の上乗せをする力技な機関砲で、過去にも建造はされた。

第二次世界大戦のナチスドイツや前世紀後半のイラク軍、
アメリカのＮＡＳＡなどが筆頭になる。
それぞれＶ３砲、スーパーガン、ビッグデイヴとの名前を持ち、
その足跡を歴史に残した。しかし連射はＮＥＲＶ技術部が史上初だ。

すっ

「どうぞ」

立てられた茶は客へと差し出される。
抹茶の香しい匂いが鼻孔をくすぐり、心地良い安心感を醸し出す。
古来よりの伝統、茶道。そのお茶会だ。
その場の間違いを指摘すればいくつかはある。
一つ、 持つ手を通す袖は着物で無く、クリーム色の制服だ。

。。。ずっ。。

「結構な腕前で。」

そして受け取った方も暗い茶色の服を着ている。伝統にこだわるならば断固和風、
着物と指摘するだろう。

「恐縮です」

少し照れているのだろうか、お茶を立てた本人は笑みをこぼした。
厳格には程遠い第九課所属の米田ケン三尉。

「しかし、こんな所でお茶会を開くとはな。」

そう言って辺りを見回す視察ついでの銀髪な初老の男。
ＮＥＲＶ本部副司令、冬月コウゾウその人だ。
その手にお茶を持つ姿はお似合いであり、普段の彼より幾分かリラックスしている。
その視線の先はジオフロントＮＥＲＶ本部第二十三ブロック対爆実験場。
広大な空間に固定されている巨大な太い筒を見上げた。

どこかに「第六次多薬室機関砲超高速連射性能実験台改（仮）二号機」
との記述を持つこの機械が今実験の目玉である。
直径が十二メートル、長さ百八十メートルの筒からは人より大きなケーブルと
ホースが伸びており、壁へとつながっている。

「茶の真理は茶にあらず、心にあり。茶人としての信条の一つです。」

嬉しそうに笑みを浮かべてケンは口にした。
責めているのでは無く、お茶について語るのが本当に好きなのだ。

「すまない、お茶会には経験が浅くてな。こんな年になっても新しい経験は出来る物だ。」

これに冬月と米田は両方苦笑するしか無かった。
特務機関ＮＥＲＶの副司令であるとその遥か下部に勤務する三尉である
この二人の仕事は「使徒」から人類を守る事。
その使徒を「新しい経験」としない人間が一人でもいるだろうか？

「しかし、こうまで大掛かりな設備になろうとはな。
エヴァにもこのサイズは大きくはないかね？」

「実際の機械は直径三メートル弱です。でも固定台、廃熱用ラジエータ、
振動吸収材などを全部装着したらこんなになったんです。
反動はロケットエンジン並みですし、実物は設計上構造欠陥だらけになってますよ。
兵器としてはエヴァが持って初めて価値のある品物です。」

「ＡＴフィールドの効果は絶大だな。無くては新装備もただのゴミと成り下がるか。
その代わりとなる設備を造り上げる技術部も大したものだよ。」

「武器を作っているのを誉められてもあまり嬉しくないですけどね。」
思わず口から出そうになった言葉を飲み込む。
副司令に対して言える事と言えない事がある。
これは言えない事だろう。そう思ってケンを顔を少し伏せるだけにした。

冬月副司令にわずかな表情の陰りを読まれた事を米田三尉は気付かなかった。
それに冬月が同じ胸の痛みを覚えたのも。

「悪いが、これで失礼させてもらうよ。」

冬月は器を戻し、頭を下げた。ケンも礼と返事をした。

「いえ、わざわざ来てもらってありがとうございました。」

「次は少し若い友人を連れてきても良いかな？」

「少しはこの茶室も華やぐでしょうね」

ケンは笑って目で実験場を指し示した。
次回はもうちょっとまともな場所になるだろう。
ジオフロントの森なんていいかな？そんな事を思い浮かべながらプシュ、
と圧縮空気の音と共に扉から出て行く副司令を畳の上からケンは見送った。

「ぷはーっ、緊張したぁー」

扉が閉まってからしっかり三秒待ったケンは足を崩し、誰とも無く呟いて
口にガムを放り込んで噛み始めた。得に副司令と言う肩書きが苦手なのでは無い。
初めての客だったのだ。

「くぉら！ケン！何をボサっとしているんだ？こっちに来やがれウスラバカ！」

スピーカーから大きな声が響き、ケンを呼ぶ。

「今行くよ！」

声を拾う集音機が無いはずなのに思わず返事をしてしまうのはなぜだろう。



＊


分厚い物理閉鎖装甲シャッターの向こうの扉に駆け込み、荷物を一度ロッカーの中に固定する。
第九課の四人が隔離実験管理室に集まったところで一声響いた。

「みんな防音ヘッドギア被ったな？」

課長、ヨウイチが聞く。ヘッドギアはインターコムの
機能も兼ねるので聞こえないなんて馬鹿らしい間違いは無い。集まった人員は肯く。

「第一次薬室から八号室はインターナル、そしてバックプレッシャー好調。
八から二十一は始動後に運転圧力に移行します。」

「タイミングは５ー８ー２のコンマ１８で。」

「耐熱シャッター閉鎖。物理閉鎖完了。」

「よし、第一射。」

ゴゴウゥン

音よりも地響きと表現する方が正確だろう。
腹に直接伝わる振動は隔離コントロール室の中まで届いた。
今回は実弾は使用していない。
弾丸装填機器は連結事体しておらず、今回押し出されるのは高温、高圧なガスだけ。
ロケットエンジンの定義とそう変わらないのは気分的な物。。だそうだ。

「計器は異常無し。」

「燃料配分良好。」

「タイミングは５ー８ー２のコンマ１８で誤差０．０１３」

速度を６００ｒｐｍでアイドリング。そこからはマニュアル操作でユウスケにまわせ。」

「了解。開始します。」

きゅぅうぅぅぅぅ。。。いいいんんんんんんん。。ドッゴォオオオオオオオ。。。。。

超低音振動が部屋を襲い、ノア、ケン、カズヤ、ヨウイチの四人は歯を食いしばる。
計器で固定フレームは聞こえはしない数値で抗議を上げていた。
でもエヴァ拘束具の流用品、そう簡単に壊れる様には作られていない。

声を出しても聞き取れないし、インターコムも体の芯に響く
超低音振動の前に無いに等しかった。
しょうがないのでヨウイチは手話で命令を続けた。

＜コントロールはユウスケに移せ＞

＜了解＞

と肯いて返事はしてものの、カズヤの顔には嫌々従っているのが十分に読み取れる。
単なる反抗でないのは青白い顔色から伺えるのだが。。

その時ユウスケは管制室から程遠い場所に待機していた。
小さいコックピットみたいな球形のそれは実験機にアームで接続されている。
ふっ、とユウスケの位置でランプが点灯する。
彼がまたがっているのはレーサーバイクのモックアップ。
律義にヘルメットを着用している彼は二、三度アクセルをひねった。

グゥオオオウ。。グゥオオオウ。。グゥオオン

外の拘束された獣は咆哮を上げる。
その振動は厚さ一メートルの特殊装甲板五枚通して部屋まで確実に伝わる。
衝撃吸収材、特殊装甲、対爆隔離装甲シャッター。
そのすべてを通しても痺れるような振動が伝わるのだから、フロートシートとは言え、
直接機械に接続してある球形コックピットの中身は想像を絶する状態だろう。

モニター越しに見えるユウスケは一見平常そのものに見えた。
しかもメットに隠されてはいるが、ニヤリ笑いの雰囲気が漏れ出ている。

そう確信したヨウイチは少しこの計画採用を後悔した。
カッと擬音を立てる程目を見開いたユウスケはアクセルを捻り込み、
トゥ・クラッチを軽く撫で、絶妙なギアシフトを披露する。
伝わる振動もまたその感触を変える。

固定フレームへの負荷計測メーターは設計限界値へと近づいては離れ、
反動の激しさを物語る。計器上では機関砲もまだまだ元気で、
存分にユウスケに付き合ってくれそうだ。
不運な事に人間はそうも行かず、だんだん痺れてゆく四肢でヨウイチは
姿勢を保つ限りなく無駄に近い努力をした。



＊


「その五分は地獄に限りなく近い経験だった」と語れる日が来るといいな。。
なんて真っ白な頭でうつろに考えるヨウイチはなぜか平然と報告に出たユウスケを見送った。
感覚の大半は振動に起こされた麻痺に虫食まれて「なんでユウスケだけ平気なんだ？」
と聞けないほど全員ぐったりと実験室に残っている。

ヨウイチはイマイチ本調子でない頭でリツコに
感覚採取プログラムの要請をした時の事を思い出した。
リツコもすべての装備開発を手がけている訳では無く、
元々ＭＡＧＩシステムの専門家なのだ。
彼女は実直に聞いた、「なぜそんな実験が必要なの？」と。

薬室への燃料注入、燃焼、ガス排気は千分の一秒のタイミングで行われる。
銃身を走るに連れて弾丸の速度も上がるので微細なタイミング調整も必要だ。
さらに銃身の加熱に因るガス圧の変化、連射速度の調整も。

機関をオイルで満たして燃焼熱と摩擦の処理を行い、このオイルはラジエータで廃熱を行う。
構造と設計要求が銃よりも二十気筒エンジンに聞こえる。

そこで着目されたのが前世紀に某自動車会社に発明された
内焼機関エンジンの可変制御システムである。
バルブの開け閉め、燃料状態や保有熱への反応的で流動的な
制御をこなすこのシステムは打って付けだった。
さらに第九課は連射速度に対応するタイミング表全体の変化を組み込んだ。

機構的にはかけ離れているが、成し遂げる結果はギアシフトと同じだった。
プロのライダーはこれをフィーリングと言える直感的な感性で機械には真似出来ない
精密さと繊細さで「機嫌」を読む。

ＭＡＧＩは生体コンピューターの特性としてファジーな計算が得意だが
エンジンの機嫌を読むなんて芸当は出来ない。
その理由が相対比較基準の有無だ。大雑把な基準を与えれば後はＭＡＧＩに任せても良い。
さすがのＭＡＧＩにもこれは無理で人間の感覚を採取して再生する方式を取ったのだが、
それで先程のユウスケの暴走だ。彼の跨ったレーサーバイクのモックアップは
試作型機関砲と振動板を共有しており、機械の限界を体感で見極めていた。

これはパイロットが実際に試射をするときにはシステムに組み込まれ、知る事も無いだろう。
立てる程度に痺れが取れたヨウイチは二、三歩歩いて顔をしかめた。
深呼吸をして気を入れ直し、課長としての仕事を続ける。

「おいっ、ユウスケの携帯に連絡。今回の情報で更新した個人実験機の試射を頼んでおけ。」

「は、はいー」

痺れの取れないカズヤの反応は気だるい。

「終わったら二人医務局に待機。悪いがは俺は腰が痛いので一足先に九課に戻る。」

「了解しました。」

立ち直りは速いのか、ノアの返事は普通に戻っている。
うつむいて腰を揉んでいるのでは台無しだが。。

「後、湿布を頼む。」

普段なら「オヤジ臭い」なんてからかわれる所だろう。しかし今からかう者は無い。
第九課の人員は己の年を同じく噛み締めていたから。
こればっかりは童顔のカズヤとて例外ではない。



＊


「ふぅ、さすがに満足しました」

と説明的な台詞は吐かないユウスケである。
そんな想いは内側に留めて、一見大人しく作戦部のフロアへと向かっている。
目的は今回の実験で収集されたデータの実地だ。武装を作っても使うのは不得意な第九課は
作戦部にたのんで試射してもらっている。その意見を元に微調整や設計変更をする。
武器を作っても使うパイロットが気に入らなければ意味がないのだ。
ソニック・グレイブの製作責任者が精魂込めて作った武器を「数打ち」と
新しいパイロットに呼ばれて泣いたとか。

ＮＥＲＶ技術部を懐石料理店とすればリツコは女将だろう。
そして新しく来たアスカは天才的な味覚で正当かつ容赦無く料理の落ち度を
指し示す養子だろうか？

悪気は無かったが結果的に惣流・アスカ・ラングレーの評判は定着してしまった。
料理を批判された料理職人は行動が二通りある。一つは子供の戯れ言として無視をする事。
ＮＥＲＶ技術部の選んだ道は二つ目、己の味覚が届かない領域に挑戦する事だった。

ＮＥＲＶの職員の一部はノリノリで、リツコへの挨拶が思わず
「おはようございます、女将さん！」になった程だった。
「あっ、すいませんでした！すいませんでした！」
と必死に謝ったその職員は面白がったミサトに洗いざらい話す羽目になった。
その時リツコの怒りの視線はその職員で無く、腹を抱えて爆笑していたミサトと
笑いを隠し切れていないマヤへ向けられていた。

ケタケタと笑ったミサトは「リツコ、作戦部に無いこのノリが羨ましいわー。」
と言ってさらに睨まれたとか。

日本料理店「ＮＥＲＶ技術部」の女将。その評判をリツコが気に入ったかは不明だ。
ただ、妙に「神の味覚」を持つアスカの評判をミサトが面白がったと聞く。
今では新しいパイロットを満足させる料理、もとい装備製作を頑張る製作班で一杯だ。

今では第九課もその一員であり、作戦部の意見は以前以上に重要になった。
作るのは得意でも使うのは作戦部の管轄であり、彼らの得意な領分だ。
作戦部にしても新しい兵装に直接意見を出せるのは好ましく、
この傾向は両部長から賛成されていた。

プシュ、とお馴染みの圧縮空気の音と共に射撃場の扉を潜る。
その向こうには開けた空間、防音壁と標的となる装甲版が設置されている。
そして調整を済ませてある対戦車ライフルかバズーカに見える人間サイズの多薬室機関砲も。
ただ、銃身が三メートル弱、異常に長く武骨なシルエットになっている。
人間サイズと辛うじて形容できるそれにやはり多数のチューブが接続されている。

「どうも、先程連絡を入れておいた九課の飯島です。」

「あら、このユニークのを作ったのって九課なの」

早速集まっている作戦部の人員に挨拶をする。そして以外な人物に返事を返される。
赤いジャケットの黒髪美女。ＮＥＲＶ作戦部を束ねる女性。あまり交流が無いが顔はあまりに
有名だった。

「葛城部長がわざわざテストに出席するなんて光栄ですね。」

「女将からチョッチ聞いて来たのよ。」

「あっ、はぁ。管制ボックスはあちらですので。」

「へい！」とでも返事するのを期待されているのだろうか？
適当に流したユウスケはカズヤを怨んだ。
変な所で口を滑らせなければ、こんな妙な悩みを持たなくても良かったのに。

「あら、私は試射をするわよ？話を聞いて面白そうだったし、試さない訳は無いわ。
ほら、強化装甲のパワードスーツも持ってきたし。」

「別に葛城さんの能力を疑っているんじゃないんですけど。。」

「アスカお嬢様の煩いお口に合う物を用意しなきゃコッチも色々と言われるのよー」

「それじゃ、お願いしますね。」
装備も全部用意されては断る理由無い。ユウスケは諦めてミサトに場を譲った。

「まったく、自分で全然作れないくせに人のカレーには。。」

「は？」
たははと笑いながらミサトは「コッチの事よ」と誤魔化した。



＊


ドゥーンと腹に響く銃声が部屋の中を木霊したが、なにかが「ゴキッ」と
音を立てたのを全員聞いた。パワードスーツとも呼べる歩兵強化重装甲に
包まれた体は仰向けに倒れている。
大勢がそのスーツに殺到して残りは実験機から電源を落としていた。

「おい！担架だ担架！」

呼ぶ声が響き、医務室への連絡も行われる。訓練の賜物だったのか、
予測され未来だったのか、すべてが的確にそして迅速にこなされた。

「どれくらい酷い？」

聞きながら作戦部の一人がスーツの脱着ボタンを押した。プラグスーツの機能流用だろうか、
各部の装甲版が開き中の人を露にした。数秒前には装甲版の塊だった物から
容易に怪我人を引っ張り出す。

「大丈夫ですかの一言位期待したのに。。」

一言弱々しくつぶやいたのは男性、スーツを着込んでいたのは ユウスケだ。
作戦部部長も忙しく、数発試射した後さっさと別の仕事を片付けに行ったのだ。
そこで一発試射したユウスケはこうだ。装甲スーツでも中身は衝撃を逃れなかった。

「そんな事を聞いても無駄なんだ。使ったら最後、「どれ位酷い？」で当然だ。」

その当然の様に返事をした作戦部の人は馴れた手つきで応急処置を続けた。
秒速七キロメートルの弾速を持つ２０ｍｍ弾は通常の２４倍の威力を持つ。
しかし、それは反動も２４倍を意味する。

「葛城さんはなんか平然と射撃してましたよっ！？」

「ウチの部長は特別なんだ！いいからじっとしていろ！」

そう言い放って作戦部の人はユウスケの肩を手でさわり、骨の状態を確認した。
しかし現在のユウスケには苦痛以外何でも無い。

「痛っ！痛いですって！」

「骨は。。砕けてない様だな。」

「怪我人ですよ、こっちは！」

怒りで苦痛を忘れようとしているのだろうか、ユウスケは思わず突っ込みを入れた。
だが、そんな事もまったく無駄だった。同情の余地無しと判断された様だ。

「知らん！！」



＊


ＮＥＲＶ本部、医務局付属の薬局前。カズヤとノアの二人は湿布の箱を手に持ち、
何かを待ちわびていた。
担架に乗せられ、運ばれる人影を見つけるなり二人はにんまりと笑い、駆け寄った。

「おっ、来た来た」

「なんでこんな所にあなた達が居るんですかっ！？」

ユウスケはノアとカズヤの顔を見るなり怒鳴った。
表情は怒りに苦痛を混ぜ、困惑を少々まぶした程度だろうか。

「課長命令。」しれっと答える二人。

「課長命令ですって！？いぎっ！」

「だから安静してろって！馬鹿！動くな！」

苦痛の中でユウスケは手を伸ばし、二人に鬱憤を晴らそうとするが
作戦部の人たちに押さえこまれた。

「あっ、ご苦労様ですー。」「ご迷惑をお掛けしてます。」

まるで人事の様に挨拶をしてカズヤとノアは今来た道を戻り始めた。
なおも二人に掴み掛かろうとするユウスケは努力空しく医務室に運び込まれる。
残った二人は薬局に戻り、一言も言う前に湿布を一箱押し付けられた。



＊


「で、その威力は？」

「鎖骨が少し欠けた程度です。連射ならば確実に肩と鎖骨を粉々に。。どうしました？」

ヨウイチはリツコの疲れた表情を見て一次報告の中断をした。
怪訝な表情をしているヨウイチにリツコは溜息をつき、
目元を指でほぐしながら呟いた。

「狙撃手でなく、ターゲットの方。」

「以前アンチマテリアルで跳ね返された装甲を一発で打ち抜きました。
２０ｍｍＡＰＦＳＤＳ弾を秒速七キロメートルで放つ世界最強のライフルと断言出来ます。」

「ずいぶんな評価ね」

報告書のページをパラリとめくり、視線を走らせる。

「親心としては針鼠の様に武装させたいですからね。
試してませんが戦艦大和の一番厚い装甲を余裕で打ち抜く歩兵武器です。
実物を零号機が連射したら想像も出来ませんよ。」

歩兵武器と呼べるのかしらね？とリツコはその大きさの規格を読みながら考えた。
全長三メートルもある機関砲は使用者を後ろ向きに空中へ吹き飛ばす。
よほど上手く構えた、よほど非常識な人間かよほど非常識な現象に守られてない限り。。

「反動もＡＴフィールドとエヴァの筋力を考えてもやっと押え込めるレベルね。
訓練用のモックアップも完了しているのでしょう？」

「ええ、以前はぶるって震える程度が本物のアサルトライフル並みに狂暴です。
操縦者には酷な武器を我ながら作りましたよ。」

ヨウイチは一瞬の内に失言を悔んだ。リツコだって好きでこの仕事をしているのでは無い。
リツコの声は少し明るめに続け、ヨウイチの気分をさらに暗くした。

「ご苦労様。エヴァとチルドレンの湿布も今の内に作っておこうかしら？」

「簡略食品パックも用意した方が良いですよ？痛くて箸も持てないそうですから。」

そう言う二人の口調は軽いが、その表情には陰りがあった。シンリとレイは特殊な体質から
医療品は遺伝子レベルのチューン、完全なカスタム製品だ。
作るのはそう難しく無いが怪我をするのを見越しての製造は気が重い。
この状況で同情しても悲しいだけだ。ヨウイチも明るく話を続けた。

「ちなみに零号機試射実験の耐久標的の製作は遠慮しますよ？」

「あら、技術的挑戦は大事よ？」

リツコは驚きの表情を浮かべ、さも裏切られたかの様に振る舞う。
ヨウイチは苦笑して言葉を続ける。

「残念な事に無茶な挑戦は好きですが、無謀な挑戦はしない事にしてあるんです。
生身でトライデントと喧嘩した方がまだ楽しそうです。」

これにはくすりとリツコも笑った。

「命名はいかがいたします？」

「いくつか案を出して頂戴。ミサトにネーミングを任せるよりはマシだわ」



＊


「それで命名が自分の特権になるんですか？」

「名誉の負傷。そのご褒美って奴だ。」

「あまり嬉しくないですよ。」

「んでなんて名づける？」

ここはＮＥＲＶの医務局の一部屋。
ベッドのユウスケは不満を露にして、
そのベッドに腰掛けたヨウイチは楽しそうに笑っていた。

「ジャックハンマー。」

「却下。」

「バック・ブレイカー」

「却下。」

「必殺的中物干し竿」

「却下。」

「なんでですか？」

「女の子に持たせる物をそんな粗暴な名前に出来るか！
麗しい名前でなければ却下だ。でなければ俺が勝手に命名する！」

「シンリさんは。。」

「女の子じゃない。でもあの子には持つ事でさえ難しいだろう。
消去法でレイちゃんかアスカちゃんだ。」

「そんなのどうだっていいじゃないですか。」

「良くない。と・に・か・く良くない。」

「そのこだわりを持つ大の大人が子供の武器を試射も出来ない上、
しかも乙女の柔肌に青あざを作って平然しているとは驚きです。」

「ぐっ」

「その線で行くと葛城さんは作戦部長と保護者立場を立派にクリアしてます。
なんせ子供の道具を自分自身で試して、その上での使用判断を出しますから。
確かに技術班としては関係は無いかも知れませんが、無責任と言う意見も。。」

「解った！解ったよ！」

「それじゃエンゼル・バスターで決定ですね」

最初からそれが狙いだったんじゃないのかと思わせる狡猾でいて明るい笑みを顔に灯すユウスケ。
ヨウイチは悔しくもわざわざ筆で書き記した命名を手の内で握り潰した。
そして「讃麗」の文字は開発コードとしてＭＡＧＩのデータバンクの片隅にひっそりと残る事になる。



＊


「さてと。。これより第一回定期技術部第九課強化合宿を開始。
終わったら試験型エヴァ専用多薬室式機関砲の調整と試射を行うので準備を怠るなー。」

ジャージ。ＮＥＲＶ指定のジャージ。大人五人が全員これを着込んで、
そのうちの一人へ困惑の眼差しを投げかけていた。

「なんでいきなり。。」

今回の実験は機関砲をデチューンして衛星軌道まで物資を打ち上げる物だ。
通常設定で物を打ち上げたらバラバラに爆撒するだろう。
しかし薬室を低速に調整して使えば安価で確実性の高い運搬法だ。

この密かな設定の存在にリツコはもう諦めていた。
どうせ同じ仕事ならば損している訳でも無い。
使徒もいつまでも襲って来る訳でもないし、その後の利用法はいくら在っても足りない。
でもなにか利用された様な気がしないで無いリツコだった。

とにかく、とりわけ体力の必要な実験では無い。
もっともな疑問を持ったケンは速攻で無視された。

「まずはランニングだ。行くぞー。」

「って何処まで？」

「ココから上の貯水湖まで、そこから貯水湖を泳いで横断。
最後は自転車で第三技術製作工場に帰る」

めげずに再度挑戦したケンは驚愕する返事を受ける。
愕然としたケンは沈黙、代わりにユウスケが清ました顔で交代した。

「さらりととんでもない事を言い放ちますね。」

ユウスケを睨んだヨウイチはきっぱりと言い放った。

「たったこれだけの運動をこなす体力の無い奴はＮＥＲＶにはいらん。」

ヨウイチの視線に妙な執念を感じた他に三人は瞬時に思った。
ユウスケの阿呆！なにをやらかしたのかは知らないが俺らを巻き込むんじゃねぇ！
その考えに個人的な差はあるが、大体同じだろう。

「これってユウスケの提案だろ。。」

「おや、ばれましたか」

全然気にした様子も無く、ユウスケは肯いた。
追求の無駄を感じつつ、ノアが代表で問い掛けた。

「。。。体力勝負に自信がなさそうなお前がなぜ？」

「本当に私が体力勝負に負けそうとでも？」

「。。。なんだよ、その笑みは」

ニタリと笑みと浮かべたユウスケと青ざめてその笑みから
目を離せないノアが固まること十秒。
その背の後ろで三人分の足音が扉の向こうで響いた。

プシュ、タッタッタッタッタ。。。

「あれ？」

「や、ヤバイ！」


後書き

感謝の言葉：

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