『シロー、今回やる訓練は、実に基礎的なことばかりだ。』
エントリープラグの中、アデルの声が聞こえる。
『まずは、エヴァの説明からだ。下を見てみろ。』
シローはエヴァの足元を見てみる。
エヴァの背中からだろうか、なにやら太いコードのようなものが垂れ下がっている。
『アンビリカルケーブル。エヴァは普段、外部からの電力供給を受けている。これがストップすると……』
ガシュゥ……
空気の抜けるような音と共に、アンビリカルケーブルの先端部分、おそらくこれが
エヴァの背中につながれていたのだろう、それが地面に落ちた。
すると、モニターに外部電力ストップの警告と、なにやらカウントダウンしていく数字が現れる。
『このように、体内電力で動く様切り替わる。まあ、これでは五分動かすのが限界だ。
ああ、すまないが、ケーブルをエヴァの背中に接続しなおしてくれ。』
「はい」
言われた通りにする。すると、モニターに今度は外部電力供給の告知が出た。
『と、まあ、エヴァの生命線はそのケーブルにたくされている事、そして、それが最悪たたれた場合、
五分でけりをつける。これを忘れないでくれ。』
「はい」
『でわ、訓練に移る。』
地面から、なにやら巨大な人影が競りあがってきた。
『第三シ徒サキエルの人形だ。無論動かないが。それが次々現れる。それらをすべて撃破しろ。』
「はい」
『でわ、始めろ。』
四号機は、地を蹴った。
サキエルの人形が、間合いに入るまでに剣を構え、間合いに入ると同時に敵を下から薙ぎ倒す。
その次の瞬間には、新たなターゲットが現れた。
自分の右手、距離はせいぜい自分の間合いより、やや遠い程度か。
上体をかがめ、そのまま横っ飛びをかます。その勢いで剣を振り敵の胴を真っ二つにした。
次のターゲットは、自分の真後ろ。
出現と同時に回し蹴りを放ち、よろめいたところを剣で縦に切り裂いた。
さらに続く、今度は左右二体同時。
四号機の持っている剣は、柄に対して上下に刃のあるものであったが、その剣の柄を
半分ほど回した。すると、「キーン」と軽い音と共に柄を中心に剣が上下に割れちょうど
短剣と長剣の二刀流のようになる。
それを、左右に突き出し、二体の頭を同時に貫いた。
「いいぞ、その調子だ。」
作戦司令室のモニター、エヴァ四号機が映っている。
半分に割れた剣の、長い方をターゲットに投げ腹を貫いている所だ。
「シローのシンクロ率はどうだ？」
アデルがニナにたずねる。
「５３％、異常はありません。」
「残りの二機は？」
「はい、七号機、シンクロ率５３％、八号機８０％」
モニターには、四号機のほかに、七号機、八号機の映像が映っている。
七号機は、ほぼシローと同じ程度の動きだろうか。
そして八号機は……
「ス、スゲー……」
キースは声をあげた。
八号機。
四号機とまったくといっていいほど形容は変わっておらず、おそらく、二つ並べばどっちが
どっちか解らないだろう。
しかし、その動きは、明らかに違っていた。
「GUOOOOOO」
咆哮を一つ上げ、剣を持たぬまま、五体いる敵の方へと突っ込んでいく。
背中には、アンビリカルケーブルがつながれていない。
まず、一番手近なターゲットに近づくと、その勢いでターゲットの顔面をつかみ引きちぎる。
勢いを殺さないまま次のターゲットに迫る。
そして、ターゲットに密着するかというほどの距離にまで近づくと、その不気味な口で
右肩を食いちぎった。
次のターゲットには、両手で首をしめ、そのまま握りつぶす。
四体目は頭を叩き潰され、五体目は頭を薙ぎ飛ばされた。
最後のターゲットの頭が宙を舞い、地面を転がっていく。
「GUOOOOO!!」
八号機は、もう一度咆哮を上げた。
エントリープラグの中、シローはターゲットの出現がひとまず終わった事を聞かされると、
一息ついて、背もたれに寄りかかった。
モニターには、新東京の映像。
シローは目をつぶる。
今度は、もしかしたら悪夢を見ないかもしれない。
真っ暗な闇の中、小さな声が聞こえてくる。
それは、ふとすると気付かない、気付いても声と解らないほどの声。
しかし、シローはこの声に気付かなかった事はないし、はっきりと聞き取れてしまっている。
強くなりたかったんだ
誰もが認めるほどに……
弱くなりたくない
あの人たち見たく……
強ければ、強ささえあれば……
誰の助けも要らない、一人で生きていける。
たとえ、一人じゃなくても、傷をなめあって生きていっても
弱ければ、いずれは……
暗闇から人影が現れる。
男女が二人、抱き合ったまま寝転がっている。
辺りにはなにやら錠剤が転がっており、水の入ったコップは倒れてそれをこぼしてしまっている。
その男女は、決して目覚める事はない。シローはその事を知っていた。
目をつぶったままのシローは、手探りでエヴァの操縦トリガーを探した。
そして、それを見つけ、強く握り締める。
闇の中には、悪夢が住んでいる。
少なくともシローにはそう思えた。
しかし、目をそらす事は出来なかった。
望まぬ結果がそこにあるとしても、それでも愛されて、愛していたいのか？
はっとして、目を見開く。
プラグスーツがじっとりと汗でぬれている。
さらに、滴り落ちていく汗。
自分の動悸が異常なまでに早くなっている事に、まだ、気が付いていなかった。
夕方、駅の名を告げる車掌の声、会社帰りにはまだ早く、住宅街へ続くこの駅には降りる人もまばらだ。
そんな中、いつもの顔を見つけたリンは、その男に声をかけた。
「や、おかえり。今日も遅かったんだね。」
「ああ……」
「どうかしたの？なんか変だよ。」
「べつに……」
単に機嫌が悪いだけか……しかし、リンにはそう見えなかった。
「なんかあったの？よかったら話、聞くけど。」
「疲れてるだけだよ……」
そうだろうか、そうにも見えるが、そうではない気がする。
「悪い、今日は一人でかえるわ……」
シローの様子を見て、リンは「うん」と答えると、その場を後にした。
薄暗い部屋、だが､生活観がないというわけではなさそうだ。
そんな所で、アデルは携帯電話で話をしていた。
「ああ、例のプレゼント、とても有効に使わせてもらったよ。」
相手が何かを話しているようだ。
しばらく間を置いてから
「それにしても、松江の一件、本当だったとはな、正直、驚いた。こいつは老人達も
手段を変えてくるかもしれないな。」
またも、しばらく間をおき
「まあ、こちらにも手がないわけじゃない。やるだけの事はやるつもりさ
……ああ、わかった。また電話する。」
電話を切る。
沈黙の支配する部屋。
アデルはめったに吸うことのないタバコに火をつけると、しばらく、部屋の支配者に身を任せた。
シローは、ただ、ただ、歩いていた。
下を向くと、いつものように揺れる影がある。
（リンになぜあんな事をいったんだろう……）
後悔と自己嫌悪が襲う。
本当に、自分でもなぜあんな事を言ってしまったのかわからない。
遅くにまで待ってくれている。それなのに、あんなふうに冷たくあしらわれ、彼女は何を思っただろう。
彼女に謝るべきだろうか。
しかし、会ったところで謝れるだろうか……
自分の足が、前にも後ろにも行こうとしている。そんな気がした。
それでも、結局は、足は前にしか進まない。
アパートの階段を上り、自分の部屋の前に着いた。
「ん？」
部屋の前に何か置いてある。
【朝ご飯は自炊しなよ】
弁当箱か。
シローはそれの前にしゃがみこみ、あけてみる。
中身は、白いご飯に、卵焼き、それに焼き魚と煮物が入っている。
その中の、煮物を一切れつまんでみた。
「不味い……」
そうつぶやき、しばらくそれを見つめる。
そして
もう一切れ、口に運んだ。
つかの間の休息、気の休まらない時間、
人に残された時間、何をやろうともそれは浪費されていくばかり
次回『間、小さな時間』
次回も fair des gentillisses aupres de
【あとがき】
アシスタント（アシ）：嘘吐きっす！嘘吐きっす！
大人：なんのことだい？いったい
アシ：何が巻頭カラーっすか？どこが巻頭カラーっすか？
大人：…………（知らん顔）
アシ：あー、嘘吐きっす。あー、きたねーっす。
大人：しょうがねーだろ。ノベルでカラーなんて、所詮、不可能なんだって
アシ：それなら最初から書くなってカンジっす。
大人：っち、うるせーなー、今回限りの即席キャラのクセによ。
アシ：ひ、ひどいっす。ひどいっすよー。くっそー、こんな人のアシもうやめるっす。
大人：やめてどうすんだ？
アシ：『なんでも屋 げひるん』に就職してやるっす。
大人：あそこつぶれたって聞いたけど。しかもずいぶん前に……
アシ：がーんっす！！
大人：な、だから、俺のトコにいなって……
アシ：いいんっすか？……ありがとうございますっす！！
大人：まあ、次回までいるかどうか、知ったこっちゃないけどな。
アシ：ひ、ひどいっすよー！！
シンリ 「シロー君、エヴァの操縦、うまいですね。二本の剣を
上手く使って戦えるなんて凄〜い。」
ＹＯＫＯ「大剣ってのはかなり修行しないと使いこなせないものだから
真似はしないほうがいい。」
シンリ 「どうせボクは素人ですよ。・・・ところで八号機ってなんだか
怖いですね。なんだか人じゃないみたい。」
ＹＯＫＯ「普通、人は相手に噛み付いたりはしないからじゃないかい？
なんだか獣っぽい感じがするから怖いんだろう。」
シンリ 「獣みたいなパイロット？」
ＹＯＫＯ「さて・・・どうだか。」
シンリ 「あと、リンちゃんにちょっと冷たく当たっちゃったのが心配です。
でも、不味いって言いながらもちゃんと食べてるところ、シロー君の
心の優しさが現れていたのが今後に期待できるですね。」
ＹＯＫＯ「本人の前で謝れればいうことはないんだけどね。」
シンリ 「シロー君、うまくできるかな？ リンちゃんのフォローがないと
大変かもしれない・・・大丈夫でしょうか？」
ＹＯＫＯ「なるようになる、ってところかな。」