ドンドンドン……
「シロー、朝だよ。シロー……」
静かな朝。声が響き渡る。
静かな部屋。静かな廊下。
台所には、コンロに置かれたフライパン。流しに入った皿。
寝室には、めくられた布団。シローの姿はない。
しばらくリンの声は響いていたが、やがて、静寂へと帰っていった。
シローは、ただ、ただ、歩いていた。
いつもの服装、いつもの朝、だが、いつも行く学校とは間反対に歩いている。
上を見上げず、下も向かない。
ただ、まっすぐを見つめて歩く。
表情のない顔。
それは、他人にはどのように映っているのだろう。
「フー……」
ケリーは、大きく息を吐くと、背もたれにドカッと寄りかかった。
「ったく、今日は、エヴァの機動実験がなくて、久々に楽できると思ってきてみりゃ、
収集データの整理なんて、ついてないぜ。」
最初言われたときは、手をつける気にもなれない、いや、それ以上に、どこから
手をつけていいか解らないほどの量のデータだったが、とりあえず、二割ほどは
終わったようだ。
ケリーは誰に言ったというわけでもないのだろうが、ニナが言葉を返す。
「グチッてもしょうがないですよ。ここは、深刻な人手不足なんですから……」
その言葉に、即、反応し
「そうだよ、そういや、例の補充人員の話。せっかく期待してたのに、
技術系のやつが少し来ただけで、こっちはぜんぜん楽できねえじゃねえか。」
「私に言わないでくださいよ。別に私が連れてきたわけでもないんですから。」
「別にお前に言ったわけじゃないだろ。」
たった二人しかいない司令室に、にわか険悪な空気が漂う。
しかし、ケリーは息を大きく吐くとニナに言う。
「ワリ、なんかイラついてるみたいだわ。」
「いえ。こっちこそ。」
仕事に戻る二人。
しかし、しばらくすると、ケリーがまた話をふる。
「でもよー、今ごろシローのヤツ何やってんのかな？」
「ケリーさん、今日は平日ですよ。今の時間は学校に決まってるじゃないですか。」
晴れた空の光が、ガラス越しに流れてくる。
まぶしいという感覚もあったが、それ以上に暖かい。
教室の中では、少し年の教師が、日本語の授業を進めている。
まじめに聞くもの、伏せて居眠りをしているもの、それぞれだ。
リンは、ふとシローの席を見る。
席は空いている。来ていない。
ある人が、こんなことを言っていたのを思い出した。
無表情な人の顔。
その顔に表情があるとすれば、それはあなたのココロの顔であると。
町を行く人々の顔。みな無表情。
しかし、シローには、どこか苦しみを、そして、悲しみを抱いているように見えた。
シローのイライラが積もる。
「そうじゃなくてよ、終わった後だよ。あと。」
再びケーツとニナの会話。
「放課後なら、今日は、ここにも来ないんだし、遊んでんじゃないのかって言いたかったんだよ。」
その言葉に、やや力なく答えてニナ。
「たぶん、それはないと思いますよ。」
「なんでだよ？」
「だって、シロー君、近頃、ずっとここに通いずめだったじゃないですか。」
「あ？まあ、そうだな。」
ケリーはそれがどうかしたかといわんばかりの表情で聞く。
「その間、ずっと付き合いのなかったシロー君を、誘ってくれるでしょうか。」
ケリーにはいまいち意味がわからなかったらしい。
だからだろうか、ニナが続けて説明する。
「人って、どれだけ仲がよくても、一緒に共有する時間が少なくなると、
どんどん表面的な関係になっていく物のように思えるんです。
空白の時間に弱いんじゃないかって。」
最後に下を向き、つぶやく。
「私がそうでしたし……」
通勤時間を過ぎた列車は不気味なほどに静かだった。
がらがらに空いた席に、ほんの何人かが座っている。
買い物へ行く主婦、私服姿の男、制服姿の女、遅刻だろうか。
数えるほどしかいない客。
そのすべてが、まるで目を合わせないようにしているがごとく、下をうつむいている。
まっすぐそれらの客を見ていたシローは、やがて、静かに下を向いた。
休憩時間、リンは女友達と話していて、ふと、シローの席を見た。
相変わらず、そこにはシローはいない。
しかし、その周りには、いつもの面子が囲んでいた。
そこは、彼らにとって会話をする場所。
そして、シローの姿はない。
「絶対そうだともいえないだろ。別によ。」
「それは、そうですけど……」
ケリーの言葉に、ニナはうつむいたまま答えた。
シローは駅に降りた。
住宅街から数十分。たったそれだけで、ここまで人気のないところへ来れるとは。
そこから、シローは迷うことなく歩いていく。
彼はこの場所を知っていた。
「でも、解らないってわけでもないけどな。」
ケリーの言葉。
「群衆の中の孤独。誰かといるのに一人。まあ、ないこともない……」
ニナは、何も言わない。
下をうつむいたまま、何かいやな事を思い出したようだ。
誰もいない道を、シローは歩いていた。
この道を通る人はそういない。
それでもこの道が舗装されているのは、自分のためなのではないか。
昔はよくそう思った。
シローはそこで足を止めた。
目的の場所。
「それでも、一人だなんてことはありえねえよ。」
ケリーの不意な言葉に、ニナは、はっ、として顔を上げた。
「どれだけ一人で生きようとしても、きっと誰かがいてくれるはずだ。」
ケリーは、ニナを見ずに話しているが、ニナの方は、ケリーを見つめている。
「今のお前にだってオレがいるし……」
そこまで言い、ニナの方を向くと。
「これが終わったら、飲みに行くか？」
ニナは、ぱあっと明るくなり、にっこりと笑った。
「そういえばさ、この近くに、新しい喫茶店できたの。知ってる？」
リンの友人の一人が、そう切り出してきた。
「ああ、あのケーキが美味しいって評判の？」
「そう、ねえ、今日行こうと思うんだけど、リンも来ない？」
友人の言葉に、リンは申し訳無さそうに答える。
「ごめん、今日も、行くとこあるんだ。」
「ええ。」
「なんか最近付き合い悪いよ。リン。」
友人のその言葉に、少し、表情を暗くしたが、すぐに笑顔に戻り。
「ホントごめん。」
シローの前には、小さな教会が建っていた。
別段変わりない造りの教会。
シローが子供の頃、よく来ていた場所だ。
毎日、朝から日が沈むまでの時間を使って、歩いてここと家とを行き来していた。
体を動かしていると、不思議と悲しみを忘れる事が出来ていた。
シローにとって、ここは悲しみの置き場。
子供の頃にすべてここへおいてきたはずだった。
それなのに
「何でいまさら出てくるんだよ……」
シローは小さく、しかし、ハッキリとつぶやいた。
悲しみは止まらず、止めようともせず、受け入れる事も出来ず……
しかし、いつでも救いはそこにある。
次回『間、小さな時間』 後編
次回もfair des gentillisses aupres de
【あとがき】
アシ：そこっす、いけーっす。
大人：えーっと、ここをこうして……
アシ：斬るっす。空中斬りっす。
大人：ここがこう……だめだ、設定が狂う。
アシ：決まったっす。あと一息っす……
大人：うーん、三話は初期構成に無かった話だからな……思わぬ苦戦だ……
アシ：カラサワ連射っす。いけいけー。
大人：なら、こうは……これじゃあ、本家エヴァの設定に背くような……
アシ：やったっす。ナポレオンに勝利したっす。
大人：（ちっ……うるせーなー……）
アシ：大人さん、早速勝負するっす。ねえ、大人さんってば……
プッチーン（切れました）
大人：わかった。勝負だな……
アシ：するっす、するっす……って、なに僕の腰に手を回してるんっすか？
大人：うるせえ！勝負って言やあ、肉弾戦に決まってるだろうが！
アシ：ええっ！ACで勝負じゃ……
大人：くらえ！投げっぱなしジャーマン！！
シンリ 「出会う機会が減ると心も離れていく・・・悲しい話ですね。」
ＹＯＫＯ「同じ学校に通っていたときは生涯の友だと思っていたのに
卒業した途端に疎遠になって、全然、会わなくなる・・・
ま、悲しいがそういうものなんだろうね。
それに、ね？」
シンリ 「なんです？」
ＹＯＫＯ「そうかと思えば、一時だけの出会いから、一生続く縁が
始まることもある。”だから面白いんだな、人生って奴は”ってね。」
シンリ 「とりあえず、今は身近な人との関係が大切ですね。
リンちゃんとシロー君、ケリーさんとニナさん。
ちゃんとうまくいくと思います？」
ＹＯＫＯ「ま、後のほうは問題ないとして、リンちゃんのほうはどうかな。
ちょっと自分の心を伝えるのが苦手みたいだから。」
シンリ 「それを言ったらシロー君のほうが輪をかけて苦手ですよ？」
ＹＯＫＯ「次回が楽しみってところだね。」
シンリ 「はい。」