「碇カスミの戦い」外伝壱　福音を呼ぶ転校生
　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


「はぅぅぅ。何コレぇ〜」
あの使徒との戦いから３日後、カスミはシンクロテストを受けるために、ＮＥＲＶ本部へ来ていた。そこで戦闘服であるプラグ・スーツに着替えさせられたわけだが、カスミにはかなり不満のあるもののようだ。
少し大きめで、ダボッとしたレオタードと言った感じの服である。しかも素材が薄いため、体型がばっちり出ていた。
（そう言えば、綾波さんを初めてケージで見たとき、こんなの着てたっけ）
デザインはレイのプラグ・スーツと同じだが、色は淡いピンクを基調としていた。
また、カスミは別のことも考えていた。こんなに早く、カスミのサイズに合わせて服が作れるものだろうか？
（私がパイロットになるのは、すでに決定事項だったのね・・・）

カスミは諦めて、テスト用のコンソール・ルームに向かった。
そこには、ミサトやリツコだけでなく、発令所のメンバー全員がいたので、カスミはさらに恥ずかしくなった。
「ミサトさぁん、この服、恥ずかしいよぉ」
「あら、ダメよ、カスミ。フィット・ボタンを押さないと」
「フィット・ボタン？」
「この手首のボタン、押してみて」

ぷしゅ〜。

スーツの空気が抜けて、プラグ・スーツはさらにカスミの体に密着した。もちろん、体型は完全に浮き出てる。
「いやぁぁ！！」
カスミは思わず、情けない叫びをあげて身をよじった。
「カスミさん、この服はね、ＥＶＡとシンクロするために開発されたものなの。いちいちあなたみたいに恥ずかしがってたら、パイロットとしての責務をまっとうできないわよ？　私達は子供のわがままにつき合ってる暇はないの」
リツコが容赦なく叱りつけた。
「すみませぇん」
「まあまあ、赤木博士、彼女も年頃の女の子なんだよ。恥ずかしがったくらいで目くじら立てるのも大人げなかろう」
「冬月先生・・・」
カスミは、フォローを入れてくれたコウゾウに嬉しそうな目線を送る。そのコウゾウのフォローがリツコをさらにイライラさせているとは気付かずに。
（くっ。そんなにみんな、あの女の顔をしたこの子が大事なの？）
リツコは、カスミを見つめるゲンドウの視線にも気付いてたのだ。
（冬月め・・・、いつの間に『冬月先生』などと呼ばせている。あなどれんヤツだ）
ゲンドウがカスミを捨てたのは、どう扱っていいのかわからず、怖くなったためである。カスミに対する心境が一番複雑なのは、実はゲンドウだった。

オペレーターの３人も、カスミに釘付けだった。
リツコの補佐役のマヤはここにいて当然だが、関係ないマコトやロンゲまで、見学と称して実験室に詰めかけていた。
（あの恥じらい・・・。そう言えばレイちゃんって恥じらったりしなかったモンね。なんか新鮮。愛らしいわ・・・）
（葛城さんみたいな年上よりも、こういう可憐な女の子っていいかもな）
（もう、可愛いっす。華奢な女の子ってのもいいっす）

「じゃあ、シンクロ・テスト、始めるわよ」
「はいっ」
リツコのこめかみに、青筋が浮かぶのを見て、カスミは慌てた。

（ＬＣＬって血の匂いがするのに・・・何でだろう、ここにいると凄く落ち着く）
『カスミさん、どんな感じ？』
「はいっ。なんだか懐かしい感じがします」
『懐かしい？』
「はい。なぜかはわかりませんけど・・」
『そう。じゃ、始めるわよ』

シンクロ率５６．８％

「凄いですね、カスミちゃん。この前はきっと、緊張で実力が出なかっただけなんでしょうね」
マヤはうっとりとした目で、モニターのカスミを見ていた。
「うむ。彼女は優秀なようだな」
コウゾウも満足げだ。
「これだけのシンクロ率を出せるんなら、戦闘訓練も早めに始められるわね」
ミサトも期待を寄せているようだ。
リツコだけが厳しい目でカスミのいるプラグを眺めていた。



テストを終えてシャワーを浴びたカスミが着替えてると、更衣室にマヤが入ってきた。
「きゃっ」
下着姿だったため、思わず前を隠すカスミ。
「あらあらカスミちゃん。女の子同士でそこまで恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
マヤは苦笑した。
「ごっ、ゴメンなさぁい、マヤさん。・・・私って、自意識過剰なのかな？」
すっかりしょげてしまったカスミにマヤが慌てた。
「いいのよ、カスミちゃん。思春期の女の子なんですもの、それくらいが普通よ」
優しく肩を抱いたマヤに温もりを感じたカスミは、彼女の目が怪しく光ってることには気付かなかった。
（いい。この美しさと優しさを兼ね備えた顔立ち。艶のある黒髪と、色白で、きめの細かい肌。華奢な体型も、小振りだけど形のいい胸も素敵。なにより透き通るような笑顔と、時々見せる、捨てられた仔犬のような寂しげな表情。どれを取っても一級品だわ。まさに可憐だと言われるために生まれてきたようなコね）
何において一級品なのかは謎である。
しかし、ちゃんと理性を持ってるマヤは、連絡事項を通達すると、あっさり更衣室を後にした。



「・・・ん・・・」
レイは、その薄いまぶたを数回ふるわせると、ゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた？」
そこにはカスミの優しい微笑みがあった。
「碇・・・さん」
「今日ね、シンクロ・テストがあったの。近くまできたからお見舞いにきたんだ」
レイも和んだ表情を見せ、カスミと向き合うために、体を起こそうとした。
「大丈夫？」
「平気・・・」
カスミはレイの背中にクッションを当てると、レイの上体をゆっくりと抱き起こした。
「・・あ、ありがと・・・」
「ん？」
カスミの驚くほど優しげな声に、レイは頬を染めた。
「・・お見舞い・・」
「うん。綾波さんのこと、心配だモン」
カスミの満面の笑顔に、レイはまた心が暖かくなるのを感じた。
ふとレイが枕元を見ると、チェストの上の花瓶に、ガーベラとカスミ草が品良く生けてあった。
「花・・・」
「あ、うん。お見舞いには付き物でしょ？　・・イヤ、だったかな？」
「いえ・・・綺麗、だと思う」
（花・・・たくさんあるもの。好きじゃないもの。・・・でも、何故？　今は心が沸き立つ。気持ちよく感じる。・・・碇さんにもらったから？）
「そ？　よかった」
カスミの笑顔に、レイは心拍数が上がるのを感じていた。心の落ち着きと、心が騒ぐのを、同時に感じる矛盾。しかしレイは、それがとても心地のいいものであることも自覚していた。
「碇さん・・・」
「何？」
「また・・・抱きしめて欲しい・・・」
「えっ！？」
カスミは流石に目を丸くした。
「ケージで・・・抱きしめられたとき・・・、心が・・・安らいだの・・・」
（綾波さん・・・両親がいないって話だった。もしかして・・・人の温もりを知らないの・・？）
カスミの想像は、実は事実であったが、カスミはその自らの想像で心が寒くなるのを感じた。同時にレイに対して強い庇護欲がかき立てられた。
「うん。いいよ」
優しい声で答えると、カスミはレイの傷に障らないように、柔らかくレイの華奢な体を覆った。
（やっぱり・・・心が暖かくなる。心が柔らかくなる。とても気持ちのいい感じ）
レイは真っ赤な顔をしたまま、それでも生まれて初めての幸福感に酔っていた。その頬には、明らかな微笑みが浮かんでいた。




「スミちゃ〜ん、中学の制服、できたわよ」
「わあ、ありがとう、ミサトさん」
「ちょっと、着てみてよ」
「ええ〜、恥ずかしいな」
服のことで一々騒いでしまうのは、女の子の性なのかもしれない。
壱中の制服は、白いブラウスに赤いリボン、それに青灰色のジャンパースカートである。取り立ててあか抜けたデザインでもないのだが、今までオーソドックスなセーラー服を着ていたカスミには、とても新鮮に映った。
早速カスミは壱中の制服に着替えると、ミサトの前でスカートをなびかせ、くるりと回って見せた。
「あら、似合うじゃない」
「えへへっ」
「今日までテストや訓練で引っ張り回しちゃったけど、明日から学校に行けるからね」
カスミが転校するのは、彼女が第三新東京市に来てから１週間目のことである。なのに学校に行けると聞いたカスミは、少し浮かない顔をした。
「カスミ、どうしたの？」
「お友達・・・出来るかなあと思って」
カスミは、その大人しい性格のせいもあって、前の学校でも友人は少ない方だった。
人付き合いも得意ではない。そんな彼女が新しい環境を前にして、不安になるのも当然と言えよう。
「心配しなくても大丈夫。それに、レイだっているしね」
「同じクラスなんですか？」
カスミの顔が、ぱあっとほころぶ。
「そうよ。まだ入院中だから、学校では会えないけどね」
「やったあ」
カスミの嬉しそうな笑顔に、ミサトもやっと安堵の溜め息をつくことができた。



「碇カスミです。皆さん、よろしくお願いします」
カスミは、ぺこん、とお辞儀した。
「「「「おお〜っ」」」」
男女を問わず、教室から溜め息のようなものが漏れた。
（かっ、可愛い）
（素敵なコね〜。可憐、ってカンジかしら）
（たっ、たまんねぇ〜〜〜！！）
（優しそうなコ。友達になれそう）
（売れる。売れるぞぉぉ〜〜っ！！）
様々な想像の膨らむ教室。カスミは自分が注目されてることに、戸惑いと不安を感じずにはいられなかった。
（楽しい学校生活、送れるかな・・・。綾波さん、早く退院してね。くすん）

（つづく）


後書き

外伝です。このお話は２話と３話の間のエピソードになります。
まあ、２．５話とでもお考えください。
これからも、本編のサブタイトルの他に、こうやって外伝と言う形で話を紡いでいきます。
全部で３０話前後になると思うので、頑張って読んでくださいね。

プラグ・スーツって、何であんなにエッチなデザインなんでしょう？
普通の女の子だったら、大騒ぎしますよね、アレじゃ。

ところで最後のシーン、（売れる）と騒いでいたのは、もちろん、ケンスケです。
お前はこの話でもそんな役回りか・・・。

本編の間のちょっとしたエピソード、って感じがしていいですね。
ネルフの面々がカスミの魅力の虜になっていく様子がなんとも
困った感じでＧｏｏｄ♪　マヤぴょんが妖しい心を見事に隠して
ごく普通に振舞うシーンは、カスミがなんとなく子犬のイメージが
あるせいか、「狼」さんに見えました。（笑）

さて、読まれた方は、スニフさんに感想と気力を送って、執筆活動を応援しましょー♪