第０２話「知らない天井」Ｅパート

　　ちゅん、ちゅん

　昨日で綾波さんの教育も一通り終わったから、今日の朝はちょっと静か。
　食材はないから、残念だけど朝食は食堂で済ませることにする。
　周りにいた大人の人達、なんだか皆、ヨレヨレな感じ。
　お仕事、忙しいのかな。

「あら、シンリくん、今、朝食？」

　振り返ると、そこにはリツコさん、マヤさんがいた。

「はい。おはようございます、リツコさん、マヤさん」

「おはよう、シンリくん」
「おはよう、シンリちゃん」

「ご一緒してもよろしいかしら？」

「はい」

　二人ともあんまり寝てないのかな？　なんだか眼の下の隈がちょっと濃い目。
　せっかく綺麗なのに。もうちょっと気を配ってもいい気がする。

「あれ？シンリちゃんって左利き？器用に左手でお箸を使うのね」

「それを言ったら、右利きの人って右手で器用にお箸を使ってますよ」

　ちょっと顔を見合わせて笑ってしまう。

「その様子だと、軽いものなら問題ないみたいね」

　リツコさんがボクの左手を見ながら言う。

「はい」

　前回の戦闘後、左手の握力がかなり落ちてるってお医者さんに言われた。
　でも、外傷はない。なにかの拍子に元通りに治ると思っていていいって。
　だから、少し不自由でもちゃんと左手も使うように、って言われた。
　始めのうちは慣れなくて、手摺を掴み損ねて転びそうになったりしたけど、
　今はもう平気。

　　パクパク

　この卵焼き、半熟気味でいい感じ。
　うまく焼くのって難しいんだよね〜。

「リツコさん、マヤさん、最近、ちゃんと寝てます？」

「ちゃんと寝てるわ。１日３時間ずつちゃんと」

　…は、はい？　３時間？　ナポレオンさんと一緒？

「リツコさん、あんまり身体が丈夫じゃないんだから、
　無理しないでくださいね。父さんも悲しむだろうし」

「え？　碇司令が？　シンリちゃん、それどういうことなの？」

　あれ？　なぜかマヤさんがビックリしてる。

「い、碇司令は、ほら、部下思いなのよ。ね、シンリくん」

　あ、あう。リツコさん、目が怖い…。
　ボク、なにかイケナイこといっちゃったとか？
　おもいっきり威圧されたボクはコクコクと、とにかく頷く。

　マヤさん、おもいっきり疑惑モードに突入してる。
　そんなボクのほう見ないでください…ね。

「ほら、マヤ。早く食べないと食事が冷めちゃうわ」

「…そ、そうですよね。早く食べなくちゃ」

　　パクパク

　うぅ、すっごく不自然。とにかく話題を切り換えたほうがいいみたい。

「あのリツコさん、昨日、ミサトさんから聞いたんですけど、
　シンクロテスト、やるんですよね」

「そうよ。ちょうどよかったわ。後で伝えにいこうと思っていたのよ。
　１０：００からシンクロテストを行うから、ケイジにきてちょうだい。
　ちゃんとプラグスーツを着るのを忘れないようにね」

「わかりました。今日ってどんなテストをするんですか？」

「まず起動実験ね。それが成功すれば、軽く動かすことになるけど、
　今日は初号機がちゃんと動くことを見るだけよ」

「そういえば綾波さんは今日は何か任務があるんですか？」

「レイ？　無いわ。確か、退院したはずだから、今日は部屋に
　戻っているはずね」

　あんなに怪我をしているのに退院？　どうして？

「あの…リツコさん。綾波さんの家にお見舞いに行ってもいいですか？」

「珍しいわね、他人にそんなに興味をもつなんて」

　リツコさんの言葉にマヤさんが意外そうな顔をしてる。

「綾波さんには色々、お世話になったから。あんなに怪我をして
　いたわけで、多分、困ることもあると思うんです。
　それに料理をご馳走するって約束しましたし」

　　それに綾波さんは怖くない。

「そう。シンクロテストの後は自由時間だから、好きにして良いわ。
　地図はテスト終了時に渡すことにするわね。ただし、昼間は駄目よ。
　まだ、シンリくん用の紫外線防止シート内蔵の洋服はできてないの」

「なんです、その紫外線防止シートって？」

　ボクの言葉に目を輝かせるマヤさん。
　…なんだか似たような人が多い。

「それはね、見た目は普通の服なんだけど、紫外線を１００％、ＣＵＴする
　便利なシートを織り込んであるの。日焼けを完全に防止する便利なものよ」

「はぁ」

「今、シンリちゃんが通う中学校用の制服を作っているところなの。
　これ、そのデザインだけど、なかなかいい感じでしょ？」

　そういって、携帯端末を取り出して、ディスプレイに表示する。
　一般学生用制服と、新デザインの制服が対比するように並んでいる。
　…長袖で短丈の柔らかそうな上着と鍔広の帽子、それに手袋。
　ベースは女子の制服だけど、スカートがキュロットになっているのと
　ニーソックスを履くのが基本になっているのが違う点かな？

「冬服がベースなんですよね？これって」

「そう。制定されていても誰も見向きもしなかった冬服がベースなの。
　常夏の日本ではそれも当然だけど、ね。
　だけど、もちろん、そのままじゃ暑いから、夏向けに色々と工夫がしてあるのよ。
　通気性抜群だから、冷房の効いた部屋だと逆に寒いかも」

「暑くないのは嬉しいです」

「まだ作り始めたばかりだから、出来上がるのはもうちょっと先なの」

「楽しみにしてます」

　けっこう、デザインが素敵だから嬉しい。
　学校…か。やっぱり行くのかな。

　お話をしながらの食事も終わり、だんだん食堂にいる人も減ってくる。

「それじゃ、シンリくん、また後でね」

「はい」

　ケージを見下ろす位置に存在するコントロールルームでは
　技術部、作戦部のメンバーが緊張した面持ちで、確認作業を
　実施している。

「赤木博士、全安全装置の点検、終了しました。
　硬化ベークライトも準備完了です」

「内蔵電源は充電不能状態にしてある？」

「指示通り、内蔵電源は機能停止してあります。アンビリカルケーブルを
　パージした場合は、速やかに活動停止します」

「マヤ、初号機拘束具の状態は？」

「１２時間前の換装作業の結果、全拘束具は正常機能中。
　各部圧力、設計範囲内です」

「これよりシンクロテストを実施します。
　エントリープラグ挿入開始」

「シンリくん、気分はどう？」

『不思議ですね…なんだか落ち着いてます』

「今からシンクロをスタートさせるわ」

『はい』

「Ａ１０神経接続…問題なし」

「双方向回線開きます。…シンクロ率４２．１％、ハーモニクス誤差２．７％。
　エヴァンゲリオン初号機、起動しました」

「マヤ、ハーモニクスの測定機器に誤りはないのね」

「はい。全センサー、正常作動中です」

『ボクを心配してくれているの？』

「シンリくん、どうしたの？」

『初号機の心が包み込むように暖かいんです…なんだか春の日差しみたい』

「リツコ、エヴァの心って誰をベースにしてんの？」

「別に特定の誰かというわけではないわ。強いて言うならシンリくん自身ね」

「ふーん。こっちの準備はいいわね？ドイツ支部のほうに連絡するわよ」

「そうしてちょうだい」

　電話でドイツ支部に連絡を入れるミサト。

「今から起動するって」

「…」

『あれ、リツコさん。遠くにエヴァの気配を感じるんですけど』

「シンリくん、それは使徒とは違うのね？」

『サキエルとは違う…心に言葉があるから』

「どのあたりに感じるのかしら？」

『とっても遠く…あっ、あれ、身体が動かないから指差せないんですけど』

　悲鳴をあげる拘束具。設計限界近くまで負荷がかかり
　一瞬、職員の間に緊張が走る。

「じゃ方向はいいわ。他には何か感じる？」

『そうですね…なんだかボクには気がついてないみたい』

「…ミサト。ドイツ支部はなんて言ってる？」

「全然、駄目。シンちゃんみたいに意志を感じ取るのは無理みたいね。
　機体特性が違うのかしら？　それともパイロットの素質の問題？」

「データがない以上、余計な推論はしないほうがいいわね。
　初号機の内蔵電源、拘束具に問題はない？」

「はい。内蔵電源機能停止、拘束具圧力全て許容範囲内です」

「エヴァ初号機を拘束している安全装置を外して」

「了解。第１〜第１５番までの安全装置を解除します」

　拘束装置が次々に外されていき、エヴァ初号機がケージ内に
　その姿をあらわす。

「シンリくん、まずは肩からプログレッシブナイフを取り出してちょうだい」

”わかりました”

　ガコン

　初号機の肩にある武装ラックが開き、ナイフが突き出てくる。
　そのまま、左手でそれを引き抜き

　ぽろっ

　ズズゥゥゥゥゥン

　すっぽ抜けたプログレッシブナイフがコントロールルームの壁面に
　突き刺さる。

”ご、ごめんなさい。…大丈夫でした？”

　ナイフに仕込まれた安全装置が作動し、自動的に高周波振動が停止。
　職員たちの目の前に巨大なナイフが突き刺さったままである。

「…シンリくん。刃物系統はもういいわ」

　リツコは予定していたソニックグレイブ、アクティブソードの項目を
　取りやめることにした。

”はい。…あの…ほんと大丈夫でした？”

「死傷者はでていないから気にしなくて良いわ。
　それじゃ、隣のウェポンラックにかけてあるパレットガンを取って。
　弾は入っていないから安心していいわ」

　リツコが平然と話を進めながら、ジェスチャーで、気絶した職員を
　運び出すように指示し、作戦部のメンバーがそれに従う。

”はい。”

　シンリは何気なくパレットガンを持ち上げ…つい左手で持ち、
　やっぱり、落としてしまった。

　ズズゥゥゥゥゥゥン

”ご、ごめんなさい。”

　慌てて拾う。壊れていないか目の前にかざして角度を変えて
　チェックをしている。

「シンリくん、その武器はその程度で壊れたりはしないわ。
　インダクションモードに変更。仮想敵を表示させるから、
　とりあえず撃ってみて。
　無理に当てようと考えなくてもいいわ」

　シンリがインダクションモードに変更すると、初号機は右手で
　パレットガンを構え左手を添える。

　標的表示！

　ババババババババババ

　パレットガンから超高速に加速された劣化ウラン弾が
　盛大にばら撒かれた…が、ターゲットには１発も当たらない。
　もちろん、実際に弾が撃たれたわけではなく、シミュレーション上の
　話である。

”あれ？　当たりませんね。銃身が曲がって…”

「シンちゃん！　銃身を覗き込んじゃ駄目でしょう！」

”は、はい。”

　いつのまにかインダクションモードを強制解除して、パレットガンを
　覗きこもうとしていたシンリにミサトの怒声が響く。

「銃口は分解したとき以外は覗きこまない。暴発して頭を撃ち抜いちゃう
　のはいやでしょう？　注意なさい」

”はい。…あの、この銃、さっき落としちゃったから銃身が曲…”

「落としたくらいで曲がったりしないわ！
　…もう一度、インダクションモードで射撃をしてみて」

　リツコの大声に技術部の職員が首を竦める。

”しゃ、射撃やります”

　バババババババババババ

　盛大に撃たれた弾は全て補正がかかっているかのようにずれて着弾する。

「リツコ、わかったわ」

「何がわかったというの」

「シンちゃん、利き目って左でしょ？　しかも今は右目が見えない。
　で、利き手は左手だけど握力がなくて銃は持てない。
　仕方がないから右手で銃を構えている…そうよね」

「…ＭＡＧＩに遠近感と利き目の補正処理をさせるわ。
　初号機の右目からの信号は受信されていないものとして。
　マヤ、補正処理はどれくらいで準備できそう？」

「３分で完了します」

「そう。シンリくん、３分後にテストを再開するわ」

”わかりました。”

　しばらくして準備が整い、射撃テストが再開された。

　バババババババババババ

　今度は補正の成果が現れ、全て着弾する。
　したのだが…

「…これじゃ実戦には役立たないわね」

「全弾、着弾しても駄目かしら？」

「射撃体制に入ってから実際に発射されるまでの時間に１秒近くも
　かかるんじゃね〜。狙撃ならそれでも十分だけど、射撃戦って
　意味では役に立たないって言っても言い過ぎじゃないわ」

　射撃武器は色々と準備していたのだが…それでは意味がない。

「そう…シンリくん、テストはこれで終了するわ。お疲れ様」

”もう終わりですか？　わかりました。”



　初号機の起動試験は無事終了。
　事前に予測された暴走もなく、そういう意味では成功と言えた。
　だが、用意した武装を使いこなせないことが判明。
　当分、大人達の業務過多な日々は終わりそうもない。

やっとレイが退院。
シンリが訪問するための準備が整いました。
次回は、レイの部屋にシンリが訪問、なのです。

少しずつ明らかになってきた問題点。
次の使徒戦が心配ですよね〜。

ま、シンリにとって今、最大の問題はレイですけどね。

怪我が完治しないまま退院をしたレイ。
綾波宅に訪れたシンリはその惨状に言葉を失う。
そして、シンリが辿りついた結論とは？

次回予告としてはそんなところ。