第４話はこれでお終い。
次回からは第５話「レイ、心の向こうに」に入ります。
今回はちと難産でした。
特にマスコミ族の発言部分が。
感想を下さった皆さん、ありがとーです。
これからもよろしく、です。
「あの…お話がよくわからないんですけど…」
遭ったばかりの人に「味方だ」と言われたことで、言葉に戸惑いが混ざる。
「君はいきなり第三新東京市につれてこられ、大人達の
勝手な都合で、化け物と戦わされているんだろう？」
「…」
何も答えないシンリの態度を見て、カズアキとシズカは更に満足そうな
表情を浮かべる。
「それにその姿…エヴァンゲリオンに乗った影響か
何かでそうなったんじゃないのかい？」
「…」
「自分達は戦わず、君みたいな子供を化け物相手に
放り出すような大人なんて、信用できないと思わないかい？」
「そんな…みんな一生懸命、やってくれてます。
それくらいボクだってわかります」
「そうよね、みんな、一生懸命、働いているね」
シズカがシンリの発言を受けて、さも納得したかのように頷く。
「エヴァンゲリオン、確かに凄まじい…あれくらいの兵器じゃなくちゃ
使徒相手に戦うことはできないだろうな。
だけど、戦闘兵器を扱うなら、身体の頑丈な大人がやるべきだ、そうだろう？
それとも、キミみたいな子じゃないといけない理由でもあるっていうのかい？」
「…」
黙り込むシンリを見て、カズアキの目が笑う。
「キミのような子じゃなくちゃエヴァンゲリオンは動かせない、それはそれで仕方がないとしても
ジオフロントに閉じこめられて、いつも黒服の奴らに監視されているような扱い、
何かおかしいと思わないか？
奴らは君のことを考えているんじゃない。
大切なモノだから、エヴァンゲリオンを動かすための大切な部品だから
壊れないように注意しているだけなのさ」
シンリの表情が曇る。
「君、葛城ミサトと同居してるんだろ？ 毎日、監視されてて疲れないかい？
言いたいことがあっても上司じゃ言いたいことも言えないだろう？
子供のいうことなんて、彼らはとりあっちゃくれないさ。
非公開組織で誰からも避難されないからって、自分勝手に好き勝手なことをやってる。
人の言葉に耳を貸すようなことは彼らはしないんだ」
「ミサトさんはそんな人じゃありません！」
弾かれたように言うシンリに、大げさに表情を変えて「そうかい？」とだけカズアキが答える。
「ミサトさんはちゃんと話を聞いてくれるし、質問にも答えてくれます」
「だが都合の悪いことは言わないだろう？ 例えばこれまでの戦闘で死者が
どれくらい出たかとか、戦闘でどれだけの費用が費やされ、結果として
多くの国で餓死者がでるほど貧困に苦しむことになっていることとか」
「…」
「私たちは力は小さいけど、人々に直接、事実を伝えて、
彼らに都合のいいように使われて逃げることもできないシンリちゃんを
助けることができるの。マスメディアの力を使えば、ね」
シズカの張り付けた笑顔を見て、シンリの表情が硬くなる。
「ここなら聞いている人もいない。
身勝手な大人達に聞かれて後で怒られる心配はしなくていい。
どうだい？ 困ってること、言いたいこと、変えて欲しいことが
あれば聞かせてくれないかい？」
「…昔、ボクの父、碇ゲンドウがマスコミで取り上げられたことがあるの、知ってますか？」
「もちろん知っているさ」
突然の話題の切り換えにカズアキはとりあえず誠実さが見えるように答える。
「その時、妻殺しの男、とか言ってみんなで非難したでしょう？
…ボクにも随分、沢山のマスコミの人が話しかけてきました。
”あなたは悪くないわ”、”お父さんを助けるためには真実が必要なの”、
”あなたには支えになってくれる人が必要だわ”、”叔父さん達とうまくいってないの？”、
”お友達に何か言うことはない？”…。
その、優しい言葉をかけた大人がそれから何人、来てくれたと思います？」
「…一人も来ませんでした。
どれだけ親身になってるように見えても、あなた達の言葉には心がない。
知りたいことを知った後…自分達の望むものが手に入ったら、それでお終い。
自分達が言ったことへの責任感がない。
発した言葉の重さを自覚してない」
ＮＥＲＶの前身である組織”ゲヒルン”で行われた実験で、ゲンドウの妻ユイは死亡した。
当時のマスコミの追求が明らかに何者かの意図による情報操作によって
ゲンドウ個人を叩き潰そうとする圧力によるものであったことを、ＮＥＲＶ絡み、
特に碇ゲンドウに関して調査し知っていたカズアキとシズカは一瞬、答える言葉を失い、
結果としてその場を沈黙が支配する。
「…ボクがある程度、新聞が読めるようになって図書館でやったこと、何だと思います？
父の事件に対するマスコミの記事のチェックです。
疑惑がかけられ、推測が行われ、関係がないような人々まで巻き込んで
言いたいことを言って…一時期、マスコミの言うことはその事件一色でした。
その後、言うべきことがなくなった途端に記事が減っていって…最後の記事は
”碇ゲンドウの妻殺害疑惑については証拠不十分のため不起訴”…たったそれだけ。
あれだけ騒いだのに、謝罪の言葉もない。
自分が傷つけた相手の痛みを考えようって気持ちがない。
…そんな人に頼むようなことなんて…ありません」
そこまで一気に話して、荒くなった息を整える。
「…ボクの伝えたいことはそれだけです」
無理矢理、鎮めた声でそう告げる。
シンリの視線に一瞬、気圧された。
が、カズアキとシズカもそんなシンリの態度も予想していたのだろうか？
すぐに真剣な表情を張り付けて、話を続ける。
「ＮＥＲＶは２回も襲ってきたあの化け物について、ほとんど情報を公開してないんだ。
”第３新東京市に侵攻してきた謎の大型物体「使徒」を倒した。
詳細は調査中であるが適宜、アナウンスする”
”迎撃に使用した人型兵器はエヴァンゲリオンと呼ばれる極秘開発されたものだが、
軍事機密に抵触するため、詳細は一切公表できない”
映像付きとはいえ、２体目の使徒を倒したときの広報はそれだけさ。
あの戦いでいったいどれだけの人間が死んだか知っているかい？
エヴァンゲリオンから見れば、戦車も飛行機も虫みたいなものに見えるかもしれないが、
１つ、１つに何人か人が乗っていたんだ。
彼らはどうなった？ 勝ち目のない戦いにかり出され、事実も知らず死んでしまったじゃないか？
家族は何を教えてもらった？ 戦いで死んだが詳細は伝えることができないって、
僅かな慰謝料をもらってお終いさ。
君だっていろいろとＮＥＲＶのことを、これまでの戦いのことを知ってるだろう？
死んでいった人達のために、残された家族のためにその事実を
伝えようとするのは、義務だとは思わないか…？」
「貴女ことを責めているわけじゃないの。
でもね、戦いを実際に行っている貴女の口から、事実を
聞くことができれば、人々はきっと、何がいけないことなのか、
誰が悪いのか、判るのよ」
「…」
「子供を戦争の道具にするなんて、人権無視も甚だしい。
俺達は君を助けてあげたいんだよ。
命をかけるのは大人であって子供じゃない。そうだろ？」
「…」
「貴女のその色素障害だって、ちゃんとした病院ならすぐに治せるわ。
そのまま放置しておくなんて、彼らが貴女のことを道具としてしか見てないいい証拠。
そんな大人達のために、貴女が口を噤んでいる必要はないのよ」
「…」
何も言わないシンリの態度に、予定通りにカズアキとシズカはアプローチの
方法を切り換える。
「君、第二東京市でカウンセリング受けてたの、こっちに引っ越してきてから
中断されたままじゃないのかい？
第三新東京市じゃ、社会基盤もない、分業システムも導入されてない。
いつも戦争ばかりしてる状況だろう？
君は、第二東京市に戻るべきなんだよ。
ここにいちゃいけない、そうだろう？」
シンリはその言葉に身体をビクッと震わせる。
「…カウンセリングの必要はない、と診察は受けてますから」
「だが、それはＮＥＲＶの医師が言っているんだろう？
公平な立場から君のことを考慮して言っているとは限らない。
君が第二東京市で受けた心の傷は、担当していたカウンセラーが
継続して対応に当たるべきものだ。
ＮＥＲＶの大人達が勝手にゆがめた大義名分で左右されるような問題じゃない。
そうだろう？」
「…調べたんですか…守秘義務があるはず…」
「もちろん、カウンセラーや医師からは聞いていないわ。
プライバシーは尊重されなくてはいけないから。
だから、私達は一人一人、関係者から聞いたの。
みんな快く私達の考えに同意してくれたのよ。
「貴女のことは同情するわ。あんな…」
「言わないで！ …聞きたくない…
…今のボクには関係ない！ 」
「経験が君の心を作るんだ。過去に背を向けて…」
「黙って！ ボクを見てないのに勝手に話をしないで！」
「何を訳のわからないことを言ってるんだ？」
カズアキはシズカを見るが、やはり何を言っているのか理解できてない
表情をしている。
「貴方達は、ボクのことなんて見ていない。
エヴァのパイロット、中性の子供、碇ゲンドウの家族！
そう認識できれば、それがボクじゃなくたって気にしないじゃない！
この街にきて、やっとボクのことを見てくれる人達に会えて
信じてもいい人達がいるって思えるようになったのに
安心できる人がいるって思えるようになったのに
心のない言葉でそれを踏みにじるようなことはしないで。
初めから、ボクのことを見る気もないのに上辺だけ気にかけるような真似はやめて！」
シンリの白い肌が感情の高まりで薄く紅色に染まる。
「誰だって最初は相手の記号しか認識してないさ。
君だって俺のこと、マスコミの人間だ、くらいにしか認識しなかっただろ。
それと同じさ。そこから少しずつ互いを知っていくプロセスが大切なんじゃないか」
「私だって、あなたから上っ面の話を聞こうなんて気はないのよ。
貴女の心からの声が聞きたいのよ」
なんとかシンリを落ちつけようと、宥めるための言葉を紡ぐ。
それこそが、シンリのいう”心ない言葉”だと気がつかずに。
「…本音を隠して話をして欲しくない！
ボクのことを調べたなら、ボクがどう考えてるか判るでしょう？
聞きたくない、そっとして欲しい、みんなから無遠慮に触れられたくない！
それがわかってて聞きだそうとして！
そんな無神経な人のことなんてボクは知りたくない！」
シンリの言葉に張り付けていた笑顔がひび割れる。
「…そうか…せっかくこっちが好意で言ってることを頭っから拒絶されたんじゃ仕方ない。
なら、公人として、人として、みんなに言うべきことがあるんじゃないか？」
「…」
「高い税金を取られて、訳のわからん化け物に家を壊され家族を殺され、
実体の見えない奴らが頭ごなしに命令してきて、ことが終わっても説明の一つなし。
少しは釈明の一つも、詫びの一つもあったっていいんじゃないのか？
少しは何が起きているのか説明があったっていいんじゃないのか？
俺達には知る権利があるはずだ。
生死に関わる問題なんだからな！」
「まともに聞いたって、ＮＥＲＶの広報部は何も答えてくれない。
政府はなにも動かない。国連は黙認して何も言わない。
なら、私たちが動くしかないじゃない！ そうでしょう？」
「…社会を動かすためにルールがあるのに、気に入らないから、思い通りにならないから、
だからって、ルールを破るような真似をするんですか…？」
「まともに制度改革なんてまってたら、いつになるかわかったもんじゃない。
あの化け物が俺達を殺すのを躊躇してくれるか？
時間がないのに、いちいち正規の手順なんざまってられるか！」
「そうよ。あの化け物がほんの５分暴れただけで第３新東京市はいまだに復旧できてないわ。
セカンドインパクトの後、食べるものすら困る時から作り続けた防衛都市のはずなのに！
私達は、社会は、人々は一刻も早く事実を知らなくちゃいけないのよ！」
「ルールを守る気がない人なんて信用できない！
それに化け物、化け物って、あの子達は何も悪くない！
勝手に嫌って勝手に殺してるのは人類のほうじゃない！
仲良くする気もないのに、あの子達に責任転嫁するような
真似なんてしないで！」
「…あの子達？」
男が笑顔の仮面を外す。
「随分と親しげな言い方をするじゃないか？
おぃ…あの化け物は、貴様ら…ＮＥＲＶのモノなのか？
ＮＥＲＶが作り出したモノなのか？
あんたらエヴァンゲリオンなんて化けもんを作るくらいだもんな。
あれくらい作れてもおかしくない…ってことか。
…今までの戦いは自作自演劇ってことなのか？
制御できなくなった化け物を自分達で処分してただけなのか？
なぁ…答えろよ…話せよ…」
人知を超えた存在である使徒と、人類が行使するとはいえ、余りにも技術レベルが
違いすぎる存在であるエヴァンゲリオン。
その二つを説明できる仮説への答えを得た、という閃きがカズアキの被っていた
紳士な態度を完全に脱ぎ捨てさせてしまう。
自らの発言に、それが事実に近付いていると思いこんだカズアキが
少しずつシンリににじり寄っていく。
ビクッと身体を震わせたシンリが少しずつ後ずさる。
「なにか言えよ…やましいことがないなら言えるはずだろ！」
カズアキがシンリに詰め寄るのを見て、ＮＥＲＶのガードが仲裁に入ろうと、位置を変える。
その時、前から歩いてきた買い物帰りの女性と接触するがそのまま無視して先に進もうとする。
「きゃっ」
女性の声が聞こえ、一瞬、そちらに注意がそれる。
買い物籠に入っていた果物が道路一面に転がり落ち、女性が非難の視線でガードの男を睨む。
時間にしてわずか２、３秒。
ガードの男が自分の職務を思い出し、シンリに視線を戻した時、ちょうどそれは、
カズアキがシンリの肩を掴もうと手を伸ばした瞬間だった。
掴もうとする手から逃れようとシンリが後ずさる。
カズアキもシズカもガードも、恐らくシンリ自身も予想しなかった方向、
…大型トラックが行き来する車道のほうへ。
車道との段差に足を取られシンリが車道へ転倒するのと、弾かれたようにガードが
シンリの元へと走り出すのは同時だった。
突然の飛び出しに前方警戒レーダーが自動反応して運転手が気がつくより速く
トラックがブレーキをかける…があまりにも近すぎるために勢いを止めきれない。
転んだシンリがふらふらとした足取りで立ち上がる動きがスローモーションのように見える。
ガードの男が懸命に走るが、迫りくるトラックの勢いと自分とシンリの距離が、
間に合わないことを冷酷に知らせる。
「避けろ！！！！！」
間に合わない自分の代わりになってくれ、と叫ぶガード。
だが、その声に初めて気がついたようにシンリは眼前に迫るトラックの方を見て、
凍り付いたように動きが止まった。
がん
…鈍い音が響く。
シンリの華奢な体が人形のように跳ね飛ばされ道路に転がり、トラックが停止するのを、
カズアキもシズカも、そして、やっと到着したガードの男も傍観しているしかなかった。
路面に仰向けに倒れ微動だにしないシンリの白金の髪が赤く染まっていく…
「知る権利」を求める行為は、誰も望まず予想しない結末を迎えることとなった。
第４話はこれでお終い。
次回からは第５話「レイ、心の向こうに」に入ります。
今回はちと難産でした。
特にマスコミ族の発言部分が。
感想を下さった皆さん、ありがとーです。
これからもよろしく、です。